760日目 瀬戸内源氏を読んだ

 

 

仕事帰りの電車でちょっとずつ読み進めていた源氏物語を、ようやっと最後まで読み終えました。訳者は瀬戸内寂聴です。

高校時代に何度も何度も繰り返し読んだ愛読書なのですが、数年越しに買い戻してみると、思いのほか目が滑る。

長らく活字から離れていて読解力が落ちているせいもありますが、それよりもっと、現代文学のテンポ感とのギャップが大きすぎるせいがあるかもしれません。ときには大切な人との死別をほんの数行で済ませてしまい、また別のときには本筋に関係のないいざこざが長々と描写される。

しかし、そんなムラがある部分にこそ、紫式部という古の同人作家の実在が感じられて面白いのです。

 

現代の価値観で捉えると、本作に登場する男女の振る舞いには強烈な違和感を覚えます。ひとことで言えば「ダブスタクソ野郎」とでも申しましょうか。

プレイボーイな光源氏は、ある日たまたま見初めた中流のご令嬢を「可憐だ」と気に入って即座に犯してしまったかと思えば、返す手で自らの浮気に拗ねる妻を「愛おしい」と抱いてしまったりします。とんだ移り気な男です。

しかし、ここは敢えて読者の方からリスペクトを示し、平安時代の価値観の方に寄せて理解を試みるターンかもしれません。すなわち、こうです。現代の私たちは「一人の男が同時に愛せる女は一人だ」という慣習を信じ切って生きていますが、平安時代の男たちは無尽蔵の恋心を持っており、妻にも愛人1にも愛人2にも、平等に100ずつの愛を注ぐことができたんだねと。

というか今だって、仮に一夫一妻の了解が無ければ、好きな数の異性を好きな分ずつ愛することが当たり前だったかもしれないよね、と。

 

基本的には、モテる浮気男とそいつに泣かされたたくさんの女たちのお話です。時代柄もあって、いささか女性の立場が悪く、時たび可哀想に思えます。加えて、巷で有名な通り、源氏には近親相姦やロリコン小説的な要素も色濃くあります。

しかし面白いのは、これを書いたのが紫式部という女性であること。決して変態男の妄想帳ではなく、自らも男性からのアプローチに困ったという宮中女性による作なのです。だからこそ、源氏に捨てられた女性たち一人ひとりの嘆きにはリアリティがあるし、そこから「もしかすると本作のような奔放な世界観は実在物だったのかもしれない」と思わされる部分があります。

しかし、本作のメインヒロインたるロリ妻に「紫の上」と名をつけているところを見ると、紫式部は自分の名前をヒロインにつけて興奮するタイプの物書きオタクだったのかもしれません。

 

総じてまとめると、本作は決して見境なくオススメするようなものではありません。訳そのものは秀逸であろうとも、独特の人物名や役職名が理解を阻害しますし、頑張って分かった先にあるのは強烈で納得しがたい価値観です。

しかし、フィクションと断ずるには惜しい生々しさ、淡々とした綴りが却って引き立てるエロティックさ、そして中世日本ののびやかな趣……。まるでノンフィクションのようでもある、遠い遠い我々のルーツの一世風靡譚。そこに心を惹かれたからこそ私のような読者がいるのであり、逆に言えばきっと気に入る人はいるはずだろう、ということです。