583日目 【書評】『性表現規制の文化史』を読む

 

 

 ご覧なさい、このモノトーンでスタイリッシュなデザインを。白色の表紙に薄く描かれたヌードを、黒い帯と「規制」の二字で規制するというセンス。ええ。正直言って私は、この「えっち」さに惹かれて本書を手に取った部分があります。さらに言うと、白いトップスに黒系のボトムスを合わせたショートヘアの女性というのが、非常にビビッドに突き刺さるのです(うちの子参照)。

 とまあそんなことはどうでも良くて。本書『性表現規制の文化史』は、現代社会の「えっちなのはいけないと思います!」という規範・法規制はどのように作られてきたのかを、主にイギリス・アメリカの文化史・政治史から紐解いていく評論です。なんと、元々は同人誌として刊行されたものであったとのこと。いやはや、プロのオタクって奴ですね。脱帽です。

 

 事実ベースで展開される本論のスタンスはニュートラルなもの。……かと思いきや、著者の白田秀彰氏はバリバリに表現規制の緩和派です。まあ、文中に幾度も「えっちなのはいけないと思います!」という00年代アニメの名セリフを取り入れているくらいですから、オタク文化に寛容かつ詳しいお方でしょうし、緩和派なのも当然でしょうね。

 白田氏の基本的な考え方は以下のようなもの。

・人間を殖やすことと結びつく性表現は、人間を殺すことと結びつく暴力表現などに比べれば、より強く忌避されるべき表現だという妥当性はない。

・しかし英米の歴史においては、キリスト教の価値観の下で性的な事物が忌避されたこと、また後世には貞節を守るという行動が「上品競争」において階級的優位性の誇示に繋がるものであったことから、性表現はたびたび例外的に強い規制の対象とされてきた。

・すなわち、政治・経済上の主導権争いの「すり替え」先として「品位」や「道徳」が利用された結果の賜物が性表現規制であり、性表現そのものと社会的害悪の間には因果関係が認められないから、性表現規制は撤廃すべきである。

――非常に短くまとめると、このようになります。

 ただし! 白田氏は本書でこのような理論をワアワア喚きまくっているわけではありません。あくまでジワッと思いを滲ませるだけです。前述した通り、本書は徹底して過去の事例や判例から客観的に学ぶスタンスを取っていますから、非常に紳士的で信頼が持てる書き手だと私は思いましたよ。

 

 さて、本書の構成は次のようになっています。まず、第1章では「猥褻」という法律用語の定義の検討(どんな評論もまずは定義から入るんですね)。2章ではヨーロッパのキリスト教前後の性規範を比較社会論として扱います。3章では舞台をアメリカに移し、近代の性規範へのシフトに着目。そして、4章・5章で現代へと続く法制史を考察します。ちなみに、官能的な表紙絵から期待されるような、ダイレクトに興奮を催させてくれる節は一切ありません。ウーン、真面目な話!

 内容の詳細については前述したので置いておくとして。この著者さん、マジで文章が上手い。読みやすく正しい日本語になっているなんてのは序の口で、きっちりと各章末に「まとめ」の節を用意するなど、配慮の行き届いた段落構成が冴え渡っています。さらに、冷静な分析のパートでは「性表現」という固い言葉を展開しながらも、緊張をほぐす場面では「えっちなこと」というワードを選んで興味を惹くなど、ぐぐっと読ませに来るんですよね~。すごいって。真似できないって。

 

 おっと、そういえば。本書は5章までで欧米の性規範を検討した後に、6章で日本についての言及を挟んで締め括りとなっています。ここについてはちゃんと要約を載せておきましょうか。

・古代日本においては純潔という概念が無く、遊びとしての性交や乱交は一般的な行為であった。また、男性器を「陽根」女性器を「玉門」「御秀処(みほと)」等と呼んだことからも分かるように、性を穢れだとする考え方は存在しなかった。

・性を不浄とし、特に女性を差別する規範が日本に持ち込まれたのは、9世紀の儒教や明治時代のキリスト教など、外国の宗教観が流入したことを契機とする。伝統的に規範を重んじたのは支配階級であり、庶民においては長らく奔放であったが、近代国家として認められる必要に迫られた明治期から本格的な規制が始まった。

・現代ではインターネットの普及により個人の性表現が自由化し、表現規制は意味を為さなくなっている。しかし、それによって社会的な問題が勃発したかというとそんなことはなく、むしろ性犯罪は減少の傾向にある。

――とまあ、こんな感じ。なるほどね~……。

 個人的に、この章を追加してくれたのは本当にありがたい。というのも、英米に関する記述を読んだ段階の私はすっかり「そうだよな、えっちなことは文化的に排斥されてきたんだよな……」と完全に納得して(いるつもりになって)いたから。実際のところは、我々が暮らす日本では遥かにオープンな文化が醸成されてきているのに、6章を読むまではそのイメージがすっぽり頭から抜けてしまっていたわけです。私は何でも早合点して、本に書いてあったことだけを疑うことなく信じてしまう軽率な読み手なのですが、今回はそんな弱点をハッと認識させられる重要な指摘をもらった形となりました。

 

 いやあ、熱烈さ・スタイリッシュさ共にクオリティの高い一冊でしたね。そして、なんとなく芸術っぽくてかつえっちな表紙なので、本棚に飾るのが楽しい一冊だとも言えそうです(ちなみに、表向きは芸術でありつつ実際は性的興味を喚起していた、というのは中世の裸婦宗教画と共通する楽しまれ方でもあります)。

 

 今月に入ってから毎日の長距離通学の時間が無くなり、全くと言っていいほど本を読むタイミングが見つけづらくなっていましたが、本日は「読むマンです!」と気合を入れることで、ようやく読了することができました。

 そして、これにて【企画】「万札握って本屋へ行く」のストック分を全て読み終わりました! 気に入った本、そうでない本も含めて、なかなかチャレンジに富んだ企画であったと思います。

 後半戦やるかなあ、どうかなあ。マジで「〇時間〇分の電車通学」みたいなのが無くなったからなあ。でも、やっぱり読書は楽しいから、一冊限定の不定期とかで「本屋へ行く」企画をやっていきたい感じはあるかもね。

 

最後に、本企画の報告と個別の書評をズラーーーーッと並べておきますわ。オピマな方は、ぜひ。↓↓

 

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