487日目 これで足りるかい?

 

キャッシュレス化が叫ばれるようになって久しいが、私は専ら現金派の生活をしている。

ナマのお金の何が優れているかといえば、自分の手中にある余力の数値をそのまま実体化したものが財布に収まるというところだ。もっとシンプルに言うと「いくら持っているかが分かりやすいし、使いすぎる心配もない」ということ。使った分はそのままのコインが減っていくし、浪費をすればみるみる財布が軽くなっていくので危機感に繋がってくれる。

一方、キャッシュレスの利点のひとつが「カードを一枚さっと出すだけで済むので便利」という点だが……。本当にそこまで快適なものだろうか? 実際の会計シーンを見ていると、クレジットカードを専用の機械にやっとこさ挿して、暗証番号入力までのラグをじっと待つ時間があったり。アプリ決済なら、スマホのパスワードを打ち間違えたり、目当ての画面になかなか辿りつけなかったりする。

クーポンアプリの類も同じだ。どこにあるか分からないバーコードを店員を待たせてまで探すくらいなら、さっと現金だけ渡してしまった方がコスト的に賢いような気がしてくる。だから私はなかなか現金族から進化しないでいる。

……ちなみに、キャッシュレスのもうひとつの特徴である「ポイント付与」は正直かなりの強みだと思う。マックのモバイルオーダーで雀の涙のようなdポイントを使うたび、もっとあらゆる買い物でカードを使うようにすれば結構儲かるんだろうなあ、と損した気分になっている。

 

とにもかくにも、私が現金を好むのは「使ったぶんだけ即座に減るので、残金を勘違いする心配がない」からだ。となるともう容易にイメージができるかと思うが、このタイプの人間はクレジットカードとウマが合わない。

何よりもまず、使った直後に残高が引かれるのではなく、翌月の末にまとめてドサッと消えるというのが難しい。今現在の財力ではなく、来月時点の自分の財力を信じて買い物をしなければならない。余るほど貯金がある者なら「金は回り物」くらいに軽く流せるのだろうが、給料日が来るまでずっと残高三千円、みたいなギリギリを突っ走っている学生にとっては結構な心理的負担である。頻繁にクレカアプリを開いては「再来週の〇曜日に〇万円……。あっ、ここに切符代が加わるからあと〇万要るか……」と不安に駆られる。きっちり収支計算をして一息ついたところに、すっかり忘れていた携帯料金がポンと上乗せされてひっくり返ったりする。

一応、世の中には即時引き落としのデビットカードや、事前チャージの要るプリペイドカードという方式がある。この辺りは使いすぎる心配が無いので幾分か気が楽だ。しかし残念なことに、これらのタイプのカードは信用が低いと判断されるのか、高額な買い物や定期的な取引では使えないということがある。だから結局、我々はクレジットカードと睨めっこしながらやっていく他ない。これから長い生涯、毎月のように「翌月の」口座の心配をし続けるのだと思うと、ちょっと憂鬱。

 

毎月ふわりと持っていかれるという点で言えば、サブスクも苦手である。毎月定額を収めて利用するタイプのサービスで、クレカの日常使いに比べると額がハッキリしているだけまだ許せる部分があるかもしれない。しかし、ひとつひとつは安くても、いくつかのサービスに同時に加入しているとその合計額は想像以上に膨れ上がる。おまけに、毎月きっちり取られているという意識が、今月もちゃんと活用して元を取らねば……! という強迫観念に変わるのだ。これがキツイ。

私が今現在支払っているサブスクは携帯料金だけである(と話したところ友人に「それはサブスクではなく家賃や光熱費の類だ」と教えられた。そうかもしれない)。世の中には便利なサービスから娯楽まで多種多様なサブスクがあるが、どれもこれも値段のぶんだけフル活用できる気がしなくて、ついぞ加入せずにいる。

買い切り形式の製品なら献血のように思い切ってドカッと貢ぐこともできるのだが、毎月ちうちうと血液を吸われ続けるとなると……。う~ん……。俺も早く立派な社会人になって貴族の遊びができるようになりたい(そんな時が本当に訪れるのだろうか?)。

 

どうしてこんな話を始めたかというと、ちょっと研究関連の遠出で、到底口座に入っていないような大金を要求されかけたからである。「後から補完するからとりあえず自分で払っといてね」方式は、事務方の手続きとしては楽なのであろうが、うちの学生ならどうせ〇万円くらいはポンと出せるやろ? ワハハ! と肩を叩かれるような感じで、いささか困惑する。まあ都合良くギリギリで生きようという俺の見通しが甘すぎるのはあるが、それにしたってこの額はちょっと、学生が先払いするには苦しいだろう。

さあどこに頭を下げようかと悩んでいたが、ダメ元で「大学の方で先払いして手配できませんか」とネコのように甘えた悲痛な面持ちで訴えたところ、あまり前例の無い面妖な、しかし良心的な手続き方法をなんとか持ち出してきてくれた。いやあ、非常にありがたい。何やら手数料がかかるようだが、その差額も大学が持ってくれそうである。内心では「自分で払ってくれたら安くなるのに……」と思われているかもしれない。いやはや申し訳ない。遠征より給料日の方が早ければ俺もそうしたかった。

 

やっぱり「後からもらうね」も「先に払ってね」もいまいち信用できない。どうあっても理想は、持っている財産は今ある分だけという世界である。

例えば、中世ファンタジーの宿屋を想像する。ここにはクレカ払いなんて厄介なものは無い。着の身着のまま、この腰ポケットに入っている金貨だけが俺の全てだ。

「ああ、持っているのはこれだけさ。足りるかい?」

「フン、仕方ないね。皿洗いでまけてあげるよ」

「ありがとう。床掃除だって任せてくれ」

そうして夜遅くまで働き、風呂場でぬるい湯を被り、廊下の一番奥の、倉庫と見分けがつかないような汚い部屋に寝転がって、ほうと息をつく。

寂しいだろうか。空しいだろうか?

いや、いっそせいせいするのではないか。ややこしい契約やしがらみのない世界に、最小限の持ち物だけを抱いて生きていられるのなら。

 

 

……そこまで来るとさすがにしんどいか。やはりそうなる前に、クレカやサブスクに慣れた方がいいかもしれない。

 

486日目 それなりの悪夢

 

縁起の悪い夢を2本立てで見て飛び起きた。ひとつは実家が全焼する夢で、もうひとつは部屋中に湧いた色とりどりの益虫害虫を駆除する夢だ。

なんだ虚構か、と気づくと同時に力が抜ける。冬が来たからか寝起きが悪く、頭がすっきりしない。ぼんやりとスマホを見てはまた布団に潜り、を繰り返すうちに昼をだいぶ回ってしまった。

夕方のゼミに間に合わすべく、うんうん唸って起き上がる。昨夜はワールドカップ観戦で盛り上がったが、それから丸半日も眠っていようとは。劇的なものを目の当たりにしても人間は変わらないものだ、と自分に呆れながら家を出る。

 

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ゼミの発表は滞りなく滞った。なにせ全く研究の中身がないのに上っ面だけは見栄を張ろうというのだから、教授らに突っ込まれるのは当たり前である。まあしかし、進みは遅くとも自力で方向性を決めていたのが評価されたか、面白いね、等そこそこ温かい言葉を掛けてもらったように思う。頑張ればまだギリギリ卒業はできそうなラインである。

だが、お開きの後にぼそっと教員が呟いた。「キミ、ヤバいよ」。シンプルな感想が私の胸を抉る。今日で安心せず、明日も明後日も己に鞭打って進まなければ……。

 

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昨日に引き続きゲームセンターに寄った。例の新作ゲームをやるためである。

音楽ゲームにはいろいろな楽しみ方があるが、私はもっぱらひとつのお気に入り曲にこだわって何回もプレイするタイプである。あらゆる楽曲を片っ端から詰めようとなると多大なるバイタリティと財力が求められるうえ、相当上手くない限り「なんとなくやってみた残念なスコア」の山を築くばかりになる。だが、早々と好きな曲を絞り込んでその譜面ばかりやるようにすれば、どんなヘタクソでも数回でみるみる点数が上がっていくので気分が良い。飽きたらまた次の曲を探すか、しばらくゲーセンから離れるか、である。

そういうわけで今日は、まずいろんな曲にちょっかいを出してお気に入りをひとつ決め、あとはもうその曲ばっかり注文していた。しかし、スコア表示を見るに、どうも体感と実際の判定が合っていない。少し早めてみるか。……おっ、なるほど。これくらいだと自分に都合が良いな。……そんな風にやっていたら、なんだか妙に見栄えのする点数が出てしまった。

 

 

写真を撮り、もう一度見返して、私はすぐさまツイッターで知人に送りつけた。自慢するためである。

 

音ゲーは本来、究極の個人記録競技。各人の力量に正直な世界であり、実力差が簡単には覆らないからこそ、積極的に他人と比べ合うのではなく、最終的には己と向き合って楽しむ遊びである。すなわち一般的には、良いスコアが出たからと言って「俺はお前よりこんなに上手いぞ!」とわざわざ見せびらかしに行くのはご法度である。

だが私の場合、点数をひけらかしに行くのが特例的に認められている相手がいる。何故かといえば、圧倒的な実力差があるからだ。端的に言えば、イキったワンちゃんが可愛がられに行くようなものである。もしそのまま一生涯こちらのスコアが上回っていられるのなら儲けものだが、向こうが本気を出せばものの数回で逆転されるであろう。後から「わからせ」できると分かっているからこそ、向こうは一旦引き下がってやんやと褒めたたえる。こちらは機嫌が良くなって調子に乗る。WIN-WINである。

ちなみに、格上の人物にスコアを見せびらかして気持ちよくなるコツは、そいつが一度触ったっきりまだ真剣にやっていないであろう曲を見つけて、必死に詰めること。カスみたいな目聡さだ。

 

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そういえば、昨日は先々の完璧な予算計画を立てて満足していたのだが、今日になって大きな穴があったことに気づき非常に胃が痛くなった。

穴というのは研究室絡みの遠征にかかる費用のことである。教員の手伝いに行く場合には大学から予算が支給されるが、それが届くのは数十日後。ひとまずは自分の口座から、結構な大額を立て替えなければならないのである。そのことが完全に頭から抜け落ちていた。

多少の余剰は貯金で受け止めれば良かろうという声もあろうが、そういうわけにもいかない。何故なら「完璧な予算計画」とは、一枚の野口英世も残らないキッチリとした収支計算なのだ。……まあつまり、私は限りなくゼロベースに近い状態で生きている間抜けなのであった。せめて遠征が給料日より先であればまだ何とかなったのだが……。

ツイッターで流行っていた「大学時代にやらなくていいこと」の中に「過剰な貯金」という意見があった。社会人から見れば学生のアルバイトで得られる金額なんて些細なものだから、そんなことに躍起になるよりも今しかできない遊びに投資しなさい、という金言である。だが、あくまで「過剰な貯金」が不要なのであって、多少の貯金は非常時のクッションとして大事だ。くれぐれも(居ないと思うが)大学に入りたてでこの日記を読んでいる者は、私と同じ失敗をしないように。

さて、大学に文句を言うか研究室の関係者に泣きつくか、はたまた実家に頭を下げるか。何にせよ申し訳ない。困ったことになった。

 

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帰宅して風呂に入ろうとする折、部屋の隅にちらと映る薄黒いものがあった。嫌な予感がしてもう一度確認すると、それは紛うことなきアイツである。幸いなことにそいつは小ぶりな上、殺虫剤を食べて息も絶え絶えというところであった。しかし、自宅に害虫の侵入を許したという事実がシンプルに心の平穏を破壊する。万全の対策を敷いていたのに、こんな寒い冬になって今更、どうして……。

と、ここまで長々と書く間にも、視界の隅にはまた別の虫が這っている。何ら悪事は働かないただの子蜘蛛だが、虫嫌いなので気分は宜しくない。そのうち、部屋のあちこちから聞こえるラップ音も気になり始める。全てがあの害虫の発する音で、実は室内に何匹もいるのではないかという疑心に陥る。ああ、書くだけで恐ろしくなってきた。食欲が減退していく。

そういえば、と今朝見た夢を思い出す。正夢になるとは思わなかった。まさか、もうひとつの方は起こらないでほしいものだが……。

 

485日目 心を上気させに行く

 

大学を出る頃には夜の八時を回りかけていた。こんなに遅くまで居たのは久々だ。

無論、一日中籠って立派に進捗を生んでいたとか、そういうことはない。ちょうど正午に登学してから、夕方くらいまではずっとスマホを弄ったりしていた。つまり実働時間は3時間くらいだ。それも、今日はタスクがハッキリしていたから集中できたが、いつもならもっと注意散漫に、椅子を回したりして過ごしている。却って安心するくらいには一般的な役立たずの学生である。

外には水たまりが出来、十二月の冷たい風が不思議な湿り気を運んでくる。空気が鼻腔を通り抜けたとき、これまでの冬に経験したあれこれを詰め込んだような、楽しいとも苦しいともつかない感情が湧き上がって来た。

嗅覚が記憶を呼び覚ますとは、よく言ったものだ。

 

電車を降りて地上へ出ると、橋のたもとで一人の青年がマイク片手に歌っていた。機材のせいか知らないが、なんとも絶妙に弱弱しく、音程の定まらぬ歌声。道ゆく人は耳を傾けるでもなく、めいめいの方角にスタスタと去って行く。

私見だが、ストリートライブというのはナイーブな気持ちを想い起こさせる。冷たく侘しい世の中、成功者ではない者の匂いが立ち込める街角。歌声は川の風をセンチメンタルに彩る。私もまた冷たい傍観者の一人であるのだが、胸の内ではしんみりとしていた。

大通りへ出ると、あちこちに電飾が吊るされている。イルミネーションを見ると「ああ、今年も年末が来たのだな」という素朴な感想が口をついて出る。僻んでいるわけではないが、なんとなく憂鬱。きっと、あなたもそうだろう。

 

さて、今日は遅いにも関わらずわざわざ繁華街の中心部に寄った。一部で話題になっている新登場のゲームに挑戦するためである。

 

 

MUSIC DIVER。タイトー音ゲーの新世代。これをやってみたかったのだ。

両手に握ったバチで画面やパッドを叩き、奥から飛んでくるノーツを叩く。画面構成はオーソドックスだが、ドラムを意識したプレイスタイルはタイトーにおける新機軸である。

まずもってこの操作が軽快だ。音ゲーは大きな括りだと「体感ゲーム」と呼ばれるが、その名の通りいかに新鮮な体感を提供できるかが大きなポイントである。バチを使うゲーム自体はコナミドラムマニアなど名作が多数あるが、MUSIC DIVERはバチの操作体系をタッチパネルゲームに特有の感覚的で分かりやすい形式に持ち込むことで、特殊な道具を使っているのに直感的に遊べるという気持ちよさを確立している。

 

で、上に「分かりやすい」と書いたが、実際にプレイしてみると想像以上にノーツを認識するのが難しかった。たとえ知っている曲でも、配置がイメージ通りになっているか予想に反しているかで、天と地ほどの点数差が生まれる。基本は「飛んできたままに叩く」が通用するゲームだが、少しでも上手くやりたいと思うのならば結構な慣れが必要であるらしい。幸いなことに、新規の音ゲーらしく画面表示のコンフィグが充実していたので、拍線を消したりノーツ速度を上げるなどして幾分かは遊びやすくなった。

画像はおそらく今日最も出来が良かったリザルトである。94万点以下を数回繰り返したのち、急にここまで跳ね上がった。ちょっと遅いかな、くらいの出足で連打に入るのがコツであった。どのゲームに行っても、本当に連打が苦手である。MUSIC DIVERはノーツの飛来箇所がかなり絞られているぶん、高難易度は連打がメインになるに違いないので、相応の覚悟が要りそうだ。

 

それにしても、つい最近登場したばかりのゲームであるというのに、まるで昔からゲーセンに置いてあったかのような安心感がある。どうしてかを考えた末に、ひとつの素朴な感想に思い当たった。「MUSIC DIVERは、WACCAの精神的後継である」。

無論、ゲーム性は全くの別物である。手で叩くのとバチを振るのと、この差は大きい。だが、いわゆる「ゲーム体験」——この場合、クレジットを入れてからログアウトするまでの、ゲームのデザインなどを含む総合的な体験——を考えると、どうか。

例えば、黒に近い紫を基調としつつも、煌びやかな配色が目を惹くゲーム画面とか。円形に広がるように奥からノーツが飛来するゲームシステムとか、横スクロール形式の選曲画面に対するデバイスを活かした操作性とか、ショップ・スキルチェックなどの機能とか。もっと些細な(しかし大事な)ところだと、ログインと同時にハード系のEDMが流れ出し、毎度のようにナビゲーターが現れて一言コメントを残すところとか。ひとつひとつの類似点はよくあることでも、これだけいろいろな要素が近しいと、明確なリスペクトの雰囲気を帯びてくる。

そういうわけで今日は、なんだか以前にやったことがあるゲームのような、そういう親近感を覚えたのだった。実際のところタイトーマーベラスは仲良くやっていたし、意識的であれ無意識であれ、少しアイデアが寄った部分はありそうである。まあ、今日はEmoCosine氏の曲を延々と聴いていたから、より強く似ているように感じたという面もあるかもしれない。

 

 

ゲームセンターから出ると、再び冬のひんやりした空気が身を包む。だが、音ゲーで上気した心は簡単には冷めやらない。やはりゲームセンターに顔を出すことは、精神への適度な刺激になるようだ。今月は節約しなければならないのだが、そのうち気が向いたときに、またふらりと立ち寄ることがあるかもしれない。塞いだ気分を晴らすアンプルには丁度良かろう。

 

484日目 内的思考

 

ふと思いついて、久々にウマ娘キャラソートをやってみました。

 

 

左が去年の7月で、右が今の推しランキング。いや、何か熱烈な感情を込めた「推し」というよりは、ふとした瞬間に脳裏に浮かび上がる「お気に入り」といった感じかも。

ご覧の通り、マンフェさんが大躍進しました。白くて細くてしなやかで、思わず吸い込まれそうな魔力のあるウマ娘。以下、我らが同志デジたん、大和撫子グラスちゃん(※独自解釈)、カラッと明るい美人のリッキーさん、総受けドーベル先生と続きます。

一年半前のランキングと比べるとだいぶ様変わりしたなあ。上位をキープしたのは★がついている2人だけ。人間の好みって案外ガラッと変わるもんなんだな……と思うと共に、今の自分が気に入っている人やモノも、一年後には全く魅力的に見えなくなっているかもしれない、という寂しさを覚えます。不信感、と言ってもいいかもしれない。

 

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Transport Fever 2(交通インフラ敷設シミュレーター)のプレイ時間が、数あるSteamゲーを押しのけて個人的上位に食い込んできました。やっぱり都市シム系のゲームは楽しいな。没頭できる、というか抜け出せない。飽きたな……と思っても、マップを変えたらまたドハマりしちゃう。平日はなるべく触らないようにしますが、今後もプレイ時間は増えていきそうです。

俺の人生、ゲームだけはマジで集中してやれる。たまに「没頭できる趣味があるのはいいことだよ」と羨ましがられるくらいには。まあでも、ゲームに逃避する癖がついている奴というのはすなわち、学問や労働に向いていないカスということだから、人間としては負け組だと自覚している。何より俺は、たとえゲームの中だったとしても努力や試行錯誤はやりたくないのだ。弩級のぬるま湯人間。

 

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フワッとオシャレしたくなる瞬間ってのがあります。今流行りのインターネット・エンジェルスタイル(青とピンク)や、たまにゲーセンで見かけるようなゴスロリ(モノトーンでフリフリ)の真似事がやってみたい。要は令和流の「冷めて病んでる私」に憧れがあるんですな。

まあ~しかし、その道のりは遠い。まずもって、普段は全く髪とか化粧とかに気を遣わないから、オシャレをやりたくば勉強から入らねばなりません。そんなの面倒。特定のアイテムを着ただけで自動的にカッコカワイくなれたらいいのにな、と思いますが、そうではないからこそ「オシャレな人」が真に素晴らしいわけです。

それより何より、シューズをカラフルにしても一般陰キャ成人男性は一般陰キャ成人男性だし、お金をかけてドレスのようなロリィタを着ても顔の骨格まで幼女にはなれない。そういうハードルをわきまえているからこそ、身の丈に合ったそこそこのアイテムで済まそうという今の判断があるのです。

……でもさ、一回くらいはやってみたいよね。ヤンデレっぽいだぶだぶのパーカーとかさ、近寄りがたいオーラを放つエグイ配色の電脳チャイナとかさ。急に口座に百万円くらい入ってたら試せるのにな。

 

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人々、謎の執着があるがち。

例えば、ツイッターに溢れる各種オタク君(愛称)たちは一見すると絶食系のようですが、その実は結構な割合で「彼女欲しい」と言っていたり思っていたりします。まあ「彼女」というのは結論であって、根っこにあるのは「パートナーを得る能力がある」という自覚への渇望と、心の拠り所があることへの願望。つまり自信と安心が欲しいのでしょう。

他にも、異様に「俺はクリエイティブだ!」と信じて疑わない人だったり、自分自身に言い聞かせるように「俺は自己肯定感が高いんだ」と声高に繰り返す人だったりと。世間の人々は案外みな、自分の価値は高いところにあると思い込んでいる、あるいはそうありたいと願っている。

そしてそれらの大元にはやっぱり、潜在的であれ、自分一人の心許なさ、生きづらさが隠れているのではないかと思います。ヤンデレもガイジも八方美人も、誰だってきっとそうだ。

私だってそういう部分が多々あります。物腰が柔らかい性格だという自負がありますが、それは決して慈愛の心を持っているからではなく、正面切って他人と摩擦しながら生きていく勇気が無いから。自己肯定感は低い方ですが、要は自信満々に人生に挑んで失敗するのが嫌だから、予防線を張って「俺なんか大したこと無いんで……笑」とせせら笑っているだけなのです。

今のところは女とか要らんなあと思ってるし、他にもいろんな部分が世間一般とズレている気がする(誰にでもきっとそういう部分のひとつふたつはあるでしょうが)。けれど、そういうマイナーな価値観をあんまりオープンにしていると、社会に出てからはやりづらいだろうなあ。なるべく周りの思想に溶け込んで「あ~、分かるっすよ」とかテキトーこいて、上手く指摘を躱しながら生きていった方が賢いよな。……と、呟いてみるのも結局は自己保身なのです。

 

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キッチンの壁に新しい歌詞カードを貼りつけました。

カラオケで歌えるようにしておきたいので、頑張って練習します。

 

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483日目 白球とオムニコート

 

テニスコートに、立っていました。

懐かしいビビッドピンクのラケットを持って。

 

見知った顔からそうでない顔まで、たくさんの部員がいました。

練習試合を見ながら、おちゃらけたコールをみんなで飛ばしました。

 

けれど、怒号が飛んでくることはありません。

あの鬼教官が、優しい瞳で笑んでいます。

 

ああ、これは「if」の夢だと気づきました。

高校までテニス部を続けていたら、という青春のif。

 

けれど、夢だと気づいたのに、今日は覚めていく気配がない。

いよいよ試合だ、という段になっても、まだ引き戻されない。

 

まじないのように、予備のラケットをフェンスに立てかけました。

今日こそは夢の世界から帰るまい、という確信のまじないです。

 

いよいよコートに立って、第一打を構えました。

しかし、ラケットが重く、今の自分には存分に振るえない。

 

白球を追うのは楽しいけれど、マトモに返せない。

何より、高校までテニスを続けたアイツの球は、もはや別格だった。

 

ラケットでスカッと空を切って、笑いながら倒れ込みました。

目を瞑ると、途端に落ちて行くのが分かりました。

 

瞼を開くと、私はベッドにくるまって、じっとりと汗をかいていました。

暑くて毛布を蹴り上げて、途端の寒さにまた被り直します。

 

青春の忘れ物はあまりに多い。

未だに高校時代の夢を見ては、ほんのりと打ちひしがれます。

 

けれど、数奇なルートを通ったからこそ、得たものもあるでしょう。

暗い部屋に一人微笑んで、かけがえのない宝物に頬を擦り付けました。

 

482日目 俺の方が体力あるんだな……ってなりました

 

今日は二次会でいろんな人に「〇〇君ってかわいいね」「かわいい系だよね」と言われました。一体褒められてるのか舐められてるのか分かりませんが、人を威圧しないタイプの人間でいられるのなら誇らしいです。

三次会でわずか二十分ほどわぁわぁ歌った後、例のオタバレ済お姉さんと二人でひぃひぃ言いながら終電ダッシュしました。楽しかったです。

 

ご時世だったり出不精だったりと、あまり飲み会というものに参加したことのない大学生活ですが、実は他人と飲んで笑うのが大好きです。飲みニケーションで深まる仲というのは確かにありますし。決して酒は強くないけど。