698日目 夏がすぎる

 

「おっ、ここか。公園ってのは」

「そうそう。そこにベンチがあるだろ」

夜中の住宅街を二人の大学院生が、ふらふらと歩いて来る。見るとその手には一本ずつ、ラムネの瓶。

「ラムネってコンビニにも売ってるんだな。久々に買ったわ」

「俺、飲んだこと無いかも」

「マジかよ」

めいめいに言い合いながら二人は園内に入っていくと、おもむろにベンチに瓶を立てて、飲み口にプラスチックのフタを突き立てた。

「なに? 体重かければいいわけ」

「思いっきり。思いっきり行きゃ2秒よ」

「どんなもんか……えいっ」

キュプッ、という音とともに栓が抜け、ビー玉が落ちた。

 

 

「……そんでさ、まあギリギリに動画撮ってよこしたけど、それっきり連絡は来ない。まあ落ちたな」

「へえ。ずいぶんとややこしい会社もあるんだな」

「んっとだよ。就活とかマジでキショいわ。おまけに忙しいし、金は無ぇしよお」

酔いに任せて、わめく。そして、瓶に口をつけて、勢いよく夜空を仰ぐ。

うすくぬるい、けれども涼しい甘みが、喉をぴたぴたと潤していく。

「お前マジ、ラムネ飲むの下手だな~」

「上手いも下手もあんのかよ」

「まあ見とけって。ここにビー玉を止めるんだよ。俺は早飲みで優勝したこともあんだ」

そう言うなり、男は瓶を傾けて、すいすいと水をほとばしらせた。

「……まあ、早いっちゃ早いな」

「はあ? ちゃんと見てたかよ」

軽口を叩く二人の前に、夜道はしばらく続いている。

 

「ありゃ? こっちか」

家々の切れ間から夜空が見えるところを探して、歩く。

「何探してんだ?」

「おっ、あった。あれだよ」

指さす方向を見ると、そこには満月になりきらない、精養軒のオムレツのような月が浮かんでいる。

「そこそこきれいだろ」

「ああ。まあまあ、きれいだな」

立ち止まる二人を中心に、すうっとカメラが引いていく。

 

夜半の静かな商店街で、ラムネをぐびる大学院生たち。

ちっぽけに映る彼らの、街並みの向こうに、東京の大都会は見ゆ。

文月の、月。気づかぬうちに。

俺らにゃちょっと、夏がすぎる。