マジで狂う。
何時間も何時間もずーっと、行政の計画書を収集しては、抜粋し続ける。そんな仕事をやっている。
計画書は自治体によって厚みも違ければ、重点項目も、洗練性もまるで違う。当然、同じ事柄が何度も繰り返し現れる文書だってあるし、あまりにも説明と並べ方が独特で、まるで他の自治体との比較ができないようなものもある。
そんな文章が何百ページもある代物をザーッと読んで、目につく要素を抜き出していくわけだが、当然ながらその日のコンディションによって成果は変わる。そもそもどんな項目が重要なのかよく分からない。ここはキッチリ拾った方がいいかもしれないし、そこは無視していいかもしれない。
……そんなことをしているうちに、酷くムラのある比較表が出来上がる。何十時間もかけて、こんな無意味な表一枚しか作ることが出来ないのかと、ストレスが募る。
それより何より、俺は単調なデスクワークをやったら10分も保たないのだ。……なんてことを言うと、お前ぜったい社会人やってけねえぞ、とツッコミを受けているような気分になる。そうかもしれない。退屈に耐えられない奴に、二十代中盤以降の生活は無理ゲーなのかもしれない。
だから、狂う。狂う。狂う狂う狂う。
狂う狂う狂う狂う狂う狂う!!!!
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……?
多摩川??
仕事終わり、午後七時。気がつけば俺は何駅も乗り過ごして、多摩川のほとりまで来ていた。
サンセット。金具の海パンみたいに、七色に染まる夕空が哀愁を誘う。
多摩川の川幅は狭く、懐かしき故郷の大代川の、半分もない。けれども、低く長い橋が真っすぐに伸び、その上を鉄の函が渡っていく、そこに一種の趣を感じる。8両とかあるけど。
ふたつの山を成すアーチが、意図は分からずとも質感を持つ。その向こうに、武蔵小杉のビル群が見える。
余談だが、この間のふっくらすずめクラブのロケ地はここだったんじゃないかと、なんとなく疑っている。
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いや、間違いなくここだ。だから何というわけでもないが。
対岸に辿り着くと、打って変わって都会が広がる。
けれども、そこにムクムクと広がるビル群のヴォリウムは、どうしてか冷たくて悲しい味を俺に覚えさせる。それは何故なのか。東京の外れだからか、人工的な雰囲気の強いせいか。
……そう投げかけたっきり、俺は答えを探さない。あてどなく、歩く。目的も何もなく。
新丸子駅前に辿り着いた。狭くこぢんまりとして、無理にうねった片道一車線。それを挟むように、ひっそりとコンビニがあり、飲み屋があり、街角には本屋がある。
ああ。
地味ながらも親しみのある商店街がある。反対側を向くと高架の駅があり、雑居ビルの隙間から武蔵小杉の燦燦たるタワーがちらりと見える。
いいな。ここがいい。都会のそばの、そこそこの街。ここに住みたい。哀しみと落ち着きの中に、家を構えることができたら、どんなにかクールだろう。
……いつの間にやら俺は、商店街があるのが当たり前の人間になったのか。そうして東京の常識に取り込まれていくのか。
田舎生まれの俺は、武蔵小杉をぎりぎり東京だと思っている。正しくは神奈川だ。
じき夜が降りて来た。何を思ったか、元来た多摩川駅へと引き返す。
岸も川面も暗闇に包まれ、街並みがディテールを失う。街灯がぼんやりと照らす、橙色という「印象」が俺を360度取り囲む。すると、まるで地元のあの橋と変わらないような、今まさにそこに戻ったかのような感慨を覚えて、俺は歩調を緩めていた。
ふと振り返ると、さっきまで歩いていたはずの騒がしい街並みが、すっかり遠くの見知らぬ世界のように思える。煌々と輝くヴォリウム。
新幹線が光の束となって突き抜けて行く、そのさらに向こうに、さらなるビル群の夜景が薄く広がっている。
その街の名を、俺はまだ知らない。