675日目 夜のマニマニ

 

人が成長するにつれて、どんどん長くなって行くんだよな。夜。

小学生の頃、門限は17時だった。それが、遠方の中学に通い始めてからは、暗い時間に帰るようになった。自転車を漕いで、駅から家まで初めて帰った18時半。あんなにも「大人」を味わった瞬間は無かった。もう10年前か……。

中学から高校にかけては、概ね20時半に帰着する日々を過ごした。寒い冬の夜にごわごわの学ランを纏って、一人、街で一番大きな書店に入っていくときのきらめき。行き場のない、カッコいい寂しさ。ドラムレッスンの帰り道、ランプに照らされる橋を自転車で駆け抜けたときの、風。ああ、あの頃の大代川。……けれども実は、21時を回ったことは一度もない。そういう意味では箱入り息子だった。

やがて地元を離れ、一人暮らしの大学生活が始まると、途端に夜はぐわんと延びた。粉雪が降るバイト帰りの夜、23時の吉野家でキムチ牛丼を待つときの孤独。26時半のコンビニで買うフィッシュバーガー。夜通し続いて、外が明るむまで終わることの無い、アホな仲間たちとの麻雀通話。長い冬も、短い夏も……。気がつけば俺は、昼よりも夜に生きていた。

夜が延びてゆくほどに、この「大人」感が胸にときめく。寝静まった街に満ちる退廃の香りが、自分に自分を酔わせる。

けれどもやがて、俺たちは気づいてしまう。夜には必ず終わりが来る。どんなに夜が延びていっても、いずれ明け方がやってきて、街は目覚め、俺たちの陶酔は瞬く間にしぼんでしまう。……つまり、もう「大人」を感じる余地はなくなってしまったのだ。成長して、夜に慣れ過ぎた俺たちは、これ以上のロマンを感じることができなくなってしまった。

知ってしまったのだ。成人のつまらなさを。

 

昨晩は倒れるように眠って、目覚めたのは今朝4時のことだった。窓の向こうは早くも明るい。引っ越してきてしばらく経つが、この街の初夏は嫌いだ。あまりにもあっけなく、心の準備のできないうちに朝が来るから。もう起きるか。いや、全然寝足りやしないし。うだうだするうちに5時半を回る。

ふと思い立って、俺はベッドを出た。いそいそとシャツに着替えて、薄いドアを静かに開けて外へ出る。早朝の町並みは軽やかに、しかし無音だった。

松屋へ行く。じいさんがたった一人、机に這いつくばって新聞を読んでいる。後は俺だけ。

並の牛丼を掻き込みながら、俺は目覚めつつあった。

明け方とは夜の続きだ。目覚めの早い街には、朝なりの眩しさと切なさが待っている。

 

 

🎀まいにちカナちゃんのコーナー😗

 

(模写です)