507日目 冬空のジャガー

 

ささやかなプレゼントを贈ったら、ミスタードーナツのクーポンになって帰って来た。

バーコード輝くスマホを片手にほくほく顔で暖簾をくぐる。店内には気の抜けた風の女子大生と、茶飲み話に来た近所のおばちゃんたちばかりが居る。一種私は場違いのような気がした。

ひとたび列に並べば次から次から客が来て、あっという間にレジの前まで押し出されてしまう。ショーケースの前を通るこの僅かな時間の間に、何を取るか決めねばならぬ。だが、入店前から私はウインナーパイを決め込んでいるので、準備は万端である。

ところが、いざトングを鳴らしてみたものの、そこにウインナーパイの姿は無かった。目論見を躱されて慌てた私は、後から流れ込む客の圧に動転して目の前のエビグラタンパイを取った。ついでに何も考えずフレンチクルーラーとエンゼルクリームも掴む。美味しいが、ひどく色味の寂しい昼ごはんになってしまった。

 

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贈り物といえば、地元の親戚から箱いっぱいのお菓子が届いた。だが、こんなに駄菓子ばかりもらっても、食べるのが義務のようになってしまって苦しい。そこで、自分の好きなお菓子だけを残して、他は全て差し入れに持っていくという妙案を思いついた。

昼過ぎの研究室で、テーブルにいそいそと駄菓子を陳列していると、ちらほらと先輩たちが集まってくる。まさか厄介払いと正直にバラすわけにも行くまい。お裾分けです、と言葉を濁すと、彼女らはわっと色めき立って「すごい」「ありがとう」と口々に褒めそやした。

他人様の善意を横流ししたら、自分の手柄のようになってしまう気まずさ。「いえいえ」と微笑しながら、私は密かに己を恥じた。

 

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ハッと顔を上げると、乗っている電車の扉が閉まって、ちょうど最寄り駅を出発するところだった。どうしてかいつでも、乗り過ごすときは決まって発車の直前に気がつく。あっ、と思ってももう遅い。ひとり阿呆のような顔をした私を乗せて、電車は駅を離れて暗闇の中に走り出していく。

最寄りのひとつ向こうの駅は、二面二線の小さな高架駅だった。相対するホームの間に二本の線路がすれ違い、屋根の合間の頭上には夜空が広がっている。煌々と輝く蛍光灯のせいで星の見えない宙を眺めていると、年の瀬の寒さがいっそう強く感じられた。

案内板に見慣れない「通過」の二字。ふと目をやると、遠くに見えた電車のヘッドライトがみるみるぐんぐん近づいて来て、一切の緩みなく猛獣のような全速力で突っ込んでくる。特急列車は一声「ガオン」と吠えると、あっという間に私を呑み込んでプラットホームの向こうへ走り去ってしまった。