以前、こんなことを書きました。↓
工学部に居りゃあよく「あの人は同族っぽいな……」と察する瞬間があるのだけれども、だからといってオタクトークに持ち込もうとはしない。
何故ならオタクは誰しも、軽率に趣味を語ろうとしてやらかした経験があるものだから……。という話です。
本日も私は眠い目を擦ってラボへ行き、プレゼン作ってなくてすみませんと謝罪しながら雑な発表でお茶を濁すなどして、日暮れを迎えました。
その帰りのことです。
先輩らと居たのですが、どういう流れだったか、好きな音楽の話になりまして。あるお姉さんはBTSが好きだと言い、またある兄ちゃんはミスチルのコンサートに行ったと豪語します。そして当然矛先は、顎関節症でアガアガ言っている私にも向きました。
……言えねぇ~~~~~。流行りのエンタメは知らんし、USAOとか言っても伝わらねぇ~~~~~~~。こういうときに困るよな、テレビもTikTokも見てないとな。
「そうっすね……。なんか、クラブミュージック? みたいな。EDMって言うんすかね」
そう口に出しながらも、いやあ我ながらオタクくせぇなぁ~~~~。でも嘘ついたって後から困るし……。
なんてことを考えていたら、先輩方からの返答は
「ふぅ~ん」
と。それだけ。
そういうもんです、それが対面社会におけるサブカル人間の立ち位置なのです。
しかし……。それからしばらく音楽について当たり障りのない雑談をした後、先輩二人と連れ立って電車に乗り込んだ時でした。
私の右隣に座ったお姉さんが突然、こう口を開いたのです。
「音楽ねぇ。……あたし昔、ボーカロイド? とか好きだったんだけどさあ」
……えっ?
この世代の人が、急に臆面もなくボカロ好きを公言することがあるだろうか?
ということはこれは……。「君はきっと同族だよね?」と信じての、勇気のジャブではなかろうか?
「へぇ~、ボカロっすか。……どんなの聞いてたんすか」
咄嗟に私は(なるべく偏見のない声に聞こえるよう努力して)尋ねました。
これがジャブ(というかもはやストレート)であるなら。今まさに彼女が、オタクカミングアウトという稀有なチャレンジをしようとしているのなら……。俺は同族として、そのグローブを受けねばならぬ。
お姉さんもまた、慎重に言葉を選びつつ、少しずつ互いを見定めようとします。
「えっとねぇ。その、米津玄師の昔のとか……」(←めっちゃ分かる奥ゆかしい表現)
「あ~、なるほど。その頃っすね……」
するとお姉さんは、
「うん。なんか、マトリョシカ? とか」
あっ!!
来たっ!!!!
これは踏み込んでいいやつだ!!!!
「あ~。あと、パンダヒーローとかありましたね」
「お~、それもあったね」
あ、やっぱり君は知ってるんだ。こっち側なんだ。……そんな安心感が、お姉さんの肩から滲み出てきます。
おい、見たか。アンタ。今この瞬間芽生えたこの、オタク同士の信頼感を。臭い立つ同族の香りを。
かくしてオタバレは平穏のうちに成されたのだ。
……ですがまあ、だからといって急にオタクトークが始まるかというと、そんなことは全くあり得ません。
何故ならサブカルは多種多様。何らかのオタクだということが分かったとしても、星の数ほどあるコンテンツのどこに住んでいるのかは知りようがない。そんな状況で、まさか自分が美少女ゲームのユーザーだなんて、間違っても表に出すわけにはいかない。うっかり口を滑らせてお姉さんに蔑まれるようなことがあれば、俺は立ち直れない。
……というような逡巡をしながら、雰囲気程度のジャブを打ち合うこと数十秒。
お姉さんがついに、その質問を持ってきてしまいました。
「で、その……〇〇君(俺の本名)は何て奴が好きなの?」
「あ~、えっと。そうですね、ゲームとか」
「何のゲーム?」
おい! 詰めて来るなよ……! 「ウマ娘」とか怖くて言えねえよ……っ! そこそこ有名なゲームだとは思うけど「馬のムスメ」なんて耳障り良くないだろ……!
「うーんと……」
「プリティーダービーとか?」
は!?!? ピンポイント!?!?!?
「あ~、はい。やってますねぇ」
それは白旗でした。白旗であると共に、これからは同じ軍の者としてやって行くという決意の表明でもあったのです。
「お~、なるほど。なるほどねぇ」
天性の勘で見事に図星をブチ当てたお姉さんは、俄かにふっと笑顔になりました。それはまるで、あっさりと降参した兵に対して銃を下ろし、代わりに手を差し出して握手を求めるかのような。
なおも会話は続きます。もう一人いる兄ちゃんをちょっと置き去りにしつつ。
「先輩は何のコンテンツのなんすか。……なんか『コンテンツ』って言葉が伝わるの信頼感ありますね」
「ふふっ。間違いない。……あたしはなんというか、そのぉ、絵のオタクをやってて……」
「へぇ~! 絵師さんみたいな? 絵垢とか持ってるタイプの」
「そう、そう。二次創作っていうか。そういう道を通って来たんです(笑)」
「や、分かりますよ。二次創作面白いですよね」
「……もしかして、君もなんかやってる感じ?」
「っあ~。(やべ、踏み込み過ぎたかも)そうっすね。(まあいいか!)現役で!」
「おぉ~~! ちなみにその、出力は?」
「えっと。SSです」
「すごい!」
置いてけぼりの兄ちゃんが「出力って何?」と戸惑う声。俺とお姉さんはちょっとウケました。
ああ、夜空よ。天の川よ。ここに同族がいたぞ。「二次創作やってました(てへ)(ちょっと黒歴史です)(まあ今もやってるけど)」はもう完全に仲間よ。きっとジャンルは全然違うだろうけど、けれども俺たちの歩幅はぴったり一緒だ。
「いやあなんか、話通じるのが面白いっすね。普通、趣味の話ってあんまできないじゃないですか」
「ホンマそれな。私も前の大学では(※お姉さんは他大から来た人)周りに一人も居なくてさ」
「あ~。でも、ウチならそこそこ居ますよね。オタクあるあるな感じの言葉使う人」
「分かるわ~。わざわざトークしようとはなかなかならんやつね」
おい、あんたもう完全に俺とおんなじこと考えてんじゃねえか! デヘヘ
そういうわけで今日は、一見すると全然違うタイプに見えるお姉さんと陰キャ俺との間に、淡くも明らかな連帯の絆が結ばれた記念日なのであります。
自分の趣味を黙りこくるのは慣れっこの我々、オタク。けれども、この出来事は正直嬉しい。未だ手探りの断片的な世間話ではあれども、まるで互いの人権を認め合ったかのような安心感と充実感。
うーん! 今日はいい日だ!
……でも後から、寝る前とかに恥ずかしくなって「ア~!!」って叫んで布団にくるまる羽目になりそうだな! まあそれも、陰キャオタクらしい悶えってことで、どうかよろしく。
ちなみに、具体的にどんなジャンルの絵を描いてるのかとかはさすがに掘り下げませんでしたが、とりあえず二人とも中高のときに東方を通ったということと、永夜抄の曲はいいよねという共通認識は確認できました。草。
あと、本来なら同じ駅で乗り換えるはずなんですけど、お姉さんは私に手を振ってそのまま終点へと揺られて行きました。彼ピと夜会するらしいです。
てかそもそも、お姉さんはそこそこ陽のノリに合わせられる人なんだよな。うーん、これは全てを手に入れた強いオタク。