1060日目 空

 

■月21日に弟の発表があるので、来てね。と、家族の何らかの用事を言われていた気がしたので、今日は研究をほっぽって、はるばる出発しました。

都内のターミナルの中でも比較的秘境と言われるような駅。昼過ぎの霧に包まれた杉林の中にある、一面二線の島式ホーム。家族連れや夫婦がぽつぽつと立っています。僕もひとり立って、オレンジ色の路線の急行列車がやってくるのを待ちました。

車窓をゆったりと流れていく東北地方の山林。ここは「山」の田舎です。「海」の田舎に育った僕の胸に湧いて来る思いは、異郷のうら寂しいノスタルジーと、誰もに共通の思い出を懐かしむような感覚と、うらはら。早くも夕焼けがほんのりと降りてきています。

ふと眠っている間に、車に乗っていました。黒い大型バンの後部座席。運転手の真後ろで――それにしては視界が開けている気もしますが——漠然と目的地を思い描きながら、あるいは助手席にいたのかもしれません。

それにしても、家族の予定というのが一体どこでいつからやるのだったか、分かりません。母に電話をかけて確かめてみようか。

開けた盆地の商業施設に着き、一旦停めてもらって、広い駐車場のアスファルトを踏みました。一休みとばかりに、二人の高校同期も車を降ります。君たちはどこから一緒に来ていたのだったか――もともとこちらに出かけていて、乗せてくれたのだったか。

見渡す空の夕焼けはいよいよ濃くなっています。爽やかな空気が肺の中を満たします。

それにしても、何かが引っ掛かるこの感覚……そういえば、今日は木曜? 木曜だ。木曜にはいつも予定が入っていたような、そんな気が。

そこで初めて、僕はスケジュールアプリを開きました。……そして、その場で笑いながらかくんと膝をつきました。

「バイトぉぉ~~!!」

間抜けな叫びに、仲間も笑い出します。予定をすっぽかすポカをやらかしたけれど、僕は案外悪くない気分で、心地の良いピエロでした。

「まあ、なんのバイトかも忘れたけど……」

「あるある。」「ま、もういいじゃん。こんなとこまで来ちゃったんだし」

「ああ……そうだな。はあ、」

残り少なき気楽な学生の身分の、フットワークと、自由。思いつきで山林まで足を伸ばせることの、なんたる身軽さ。

今日は木曜日なんかじゃなく火曜日で、7月2日で、昼過ぎで、と順繰りにほんとうを思い出しながら、僕はノスタルジーの中に笑い声を溢しました。