885日目 希死と殺意とよぽぽちゅぴ

 

 グループ課題の中間発表会で教員にボコボコにシバかれた。何も理不尽な叱咤ではない。傍から見ても明らかなくらいにウチの提案は酷かった。原因は明白で、俺含め誰もやる気がないからだ。課題要件が明示されておらず、どれくらい頑張るかが自分たち次第であるのを良いことに、俺の班は徹底的に省エネルギーで最低限未満のものをこしらえて今日に臨んだ。だから、バチバチに理解不足を指摘され、考えの甘さを鋭く迫られるのは至極当たり前のことだった。……けれども、俺の頭はその可能性に全く辿り着いていなかった。酷くショックを受けたのだ。こんなもんでいいだろう、ちょうど良い具合に面白さを認めてもらえるに違いない、と楽観視していたのだ。自らの努力不足を棚に上げて。

 俯き加減で「……はい」と答え続けるだけの俺を見て、教員は不意に苦々しい笑顔を浮かべた。「ごめん、ちょっと言い過ぎちゃったか」。その一言で、あっ、俺ってそんなに哀れに見えているんだ。と気づく。一度「しょげちゃった無能学生」の烙印を押されれば、たちまち図星であるような気がしてきて、自分の声のトーンがますます落ちていくのが手に取るように分かる。聴衆の学生たちが(あーあ)(可哀想)(ウチはあれより酷くはないな)と他人事のように眺めているのを、俺はぐりぐりと心を抉られながら感じていた。

 時たび俺は、自分のことを「頑張れない人間」だと表現する。客観的に見て覆しようのない、完璧な自認だ。だが、自分の弱点を認識することと、それを肯定することとの間には、超えてはならない重要な境界がある。「努力スペックないんだもん、仕方ないよね」……そう自分を甘やかして、努力不足を正当化しながらお出しする俺のアウトプットは、いつだって周りの奴らより完成度が低い。そして、それは俺らしい愛嬌なんかじゃなく、普通にダサい。カッコ悪い。能天気に生きている俺は、ふとした瞬間に自分の情けなさを突きつけられて、大いに傷つく。傷つくようなプライドがあるなら、日頃から頑張っておけばいいのに、と自分自身を虐める声が幻聴のように俺を襲う。

 他の班の発表はどこもそれなりに気合いが入っていて、ウチより酷いものはひとつも無かった。ちゃんと発表の「中身」で教員と質疑応答が出来ている。どこの班にも、俺と同じ研究室の連中が一人ずつ入って、チームを引っ張っている。……実を言うと、こいつらは俺に比べて格段に就活の調子がよく、俺はつい最近まで密かに「陽キャ共がよ」「コネ作りに勤しむヤな奴ら」と心の中で毒づいていた。けれども今日の時点で、俺の内心は完全に塗り替えられた。完膚なきまでの敗北。グループ課題なんて面倒なものを「面倒だから」と放棄せず、きっちり仲間と協力して、愚痴りながらもなんだかんだ素晴らしいものを作り上げるプロ意識。そんな奴ら、企業が欲しがるに決まってる。運やコネやの問題ではなく、必然的な評価として、こいつらは俺より遥かに優れていて、そして俺は劣った人材なのだ。

 ……いよいよ俺は「しょげちゃった無能学生」そのものになった。多様性の鎧で弁護するのも空しいほど、明らかに打ちひしがれた。教員と目を合わせられない。死にたさのようなものが込み上げてきて、俺は、つらかった。

 

 それはそれとして、俺は希死するだけでなく、周りの連中に対して殺意も抱く。

 卒論を頑張った後輩たちのために、オレら先輩たちが奢りの飯会をやろうぜ、と言い出した奴がいる。後輩をねぎらうのはいいことだ。ぜひとも行こう、と俺は二つ返事で了解した。……ところが、議論の流れが怪しい。往々にして、陽キャの連中はスリルを求めて「罰ゲーム」を設置するのが大好きだ。聞き間違いでなければ今こいつらは、ジャン負けで会計の万の位を全部払うことにしようぜ、と笑っている。はあ?

 俺は場が冷えるのを何より恐れる人間だが、それにしたって罰ゲームなんてくだらないもので、一人暮らし学生の貴重な生活費をドブに捨てさせられたくはない。そもそも、どうして「同僚」などという義理の関係でしかないこいつらや後輩たちなんかのために、しょうもないジャンケン一回で「気持ちよさそうに」金を出してやらなければならないのか。一体何が楽しいんだ? ……と、そんな喧嘩腰で出たわけではもちろんないが、軽く笑いを浮かべつつ「いやいや、本当にやんのかよそれ笑」とたしなめるように切り出した。すると、間もなく一斉に視線が集まった。出た出た、桐谷くんのマジメが出たよ、と言わんばかりの合意が形成されていく。彼奴らは笑いながら「じゃあ、桐谷くんが負けたときだけは別枠で~」などと抜かし始めた。完全に侮られている。特別扱いは蚊帳の外に置かれるのと同じだ。

 仲間外れが怖くなければ、俺は俺の判断を信じて、おうよ、そんな会行かねえよ! と突っぱねることができたかもしれない。けれど、俺には無理だった。他人と無暗に絡むのは大キライだが、一方で俺のような消極的な人間は、多少強引に先陣を切って導いてくれるこいつらのような人と仲良くしておかないと大いに機会を損失することを知っている(現に、学部時代の俺は孤立を深めたせいで完全に進路を失ったし、今の俺はこいつらのノリをなんとか追いかけているおかげで得られた経験がたくさんある)。「そんな押し付けられた機会なんざ要らねえよ」などと、強気で突っぱねられる人間ではない……そう自分のことを熟知しているからこそ、俺は苦笑いして参加表明をせざるを得なかった。ひとつも前向きではないイベントのために、万が一のためのお金を今からキープしておく必要が生まれてしまった。

 まあ、結果的には同じ気づきだ。「俺は他人よりもバイタリティに欠け、スリルを楽しむ心がなく、かつ寛容さが足りない」。けれど、この気持ちは自分に向いた「死にたさ」なんかじゃない。真っすぐに向こうを睨みつける殺意だ。この世には俺とは絶対に相容れない、キショいほどノリノリな人種がいやがるんだ。

 

 よぽぽちゅぴ🦆