778日目 空前絶後の里帰りお嬢様④ 大志を語れ編

 

なんぼ夢や目標がない、至って怠惰な自分であったとしても、ハッタリで大志を語るだけの度胸はあった方がいい。

今日は煉獄山の頂上に御殿を構えるお祖父様のもとへ赴いて、この丸一年間の学生生活の歩みや将来の目標について、撮りためた写真を豊富に披露しながらプレゼンしましたわ。今はどんなことを意識しながら学び、どのような大志を抱いて頑張っているのかなどと言うことを、随分と大げさに膨らませて語ったのですわよ。

義理堅く誠心誠意で地上界の支配を目論んでいる我が血族、ことにお年を召したお祖父様となれば、孫娘たるわたくしについて気になっているのは、もっぱら未来につながるビジョンや、前向きで応援したくなるような話。本当はわたくしが研究進捗ゼロの怠惰なサボり学生でしかないとか、抱き枕と懇ろにすることしか考えていない煩悩娘であるとか、そういう「実態」をお見せする意義は全くないのです。

そもそもわたくしは物心がついて以降、我が両親に対しても兄弟に対しても、完全なる本心、すなわち真心を以て開けっぴろげに接したことはございません。誰しもそうかもしれませんが、家族という共同体は「自分が最も素直になれる場所」ではない。むしろ、保護者・出資者という立場の者と接するからこそ、わたくしが大切にしてきたのは「幻滅させず、期待度を高める」というハッタリの技術であったように存じます。

否、それは家族の前だけにあらず。研究室の仲間の前では明るく物分かりのいい「編入生ちゃん」を演じ、アルバイト先では誠実で礼儀正しい「女学生ちゃん」のフリをする。中学由来の親しい同期たちの前では、ことさらに陽気で愉快な女であるように見せかけ、インターネットではくだらなさと繊細さを併せ持つ独特の人物と思っていただけるように努める(上手く行っているかしら?)。「本当の自分」というものは結局どこにも開示していないし、意識してできるものでもない。わたくしの真の中身を知っているのは、いつか現れる運命の王子様くらいなものです。……あるいは、本当のまっさらな自分というものは存在しないのかもしれないけれど。

したがって、話を戻しますと、家族と接するということはすなわち、本心をぶちまけるということではなく。聞きたい言葉、聞かせたい言葉を伝えて、安心を与えるということ。それこそが魔王ヴァンデルホーン様の28番目の娘であるわたくし、魔央の考える最適な立ち居振る舞いであり、あるいはポリシーなのですわ。

……と、このような「演じる」ポリシーをわたくし生来の性格であるというふうに判断するならば、それは紛れもなく、わたくしがコミュニケーションにおいて本心をそのまま曝け出しているという真逆の帰結を導くファクターになるかもしれませんけれども。ええい、難しいですわね。結局のところ、これを書いている私も本物なのか、作り物なのか、その答えに辿り着くことは不可能ということ。貴方がたはどのように思いまして? 少なくとも、俺はお嬢様ではないよな?

まあそういうわけで今日は、じいさんばあさん相手に虚構の抱負や大志を語って、大いに「立派な孫だ!」と満足させることで帰省最終日のミッションを終えたわけだ。世の中の子と親がどのような関係なのかは知らないが、互いに信頼関係を維持したいからこそ耳触りの良い嘘をつくというのは、決して珍しい話ではないよな。

……で、本当のわたくしとやらを曝け出してもその一切を抱きしめてくれる運命の王子様は、一体どこにいるんですの?