415日目 百倍誇張里帰りお嬢様 最終話

 

魔王ヴァンデルホーンお父様。わたくし、分からなくなってしまいました。

 

今日はとある漁村へ、一人で視察に行って参りました。古の賢者が成したと伝えられる村おこしは、無意味なまやかしであったに違いない。そのことを確認するために。

果たして漁村の商店街は寂れ、空き店舗の前に幼いフェニックスが鳴くさまは、とても「村おこしが成功した」とは言い難いものでした。わたくしはせせら笑い、辺鄙な田舎を見下して、その場を後にしようと振り返りました。

しかしそのとき、突如として頭の中に声が響き渡ったのです。まるで天から降り注いだかのような、透き通った声が。

 

「悪魔の小娘よ。都会が田舎より優れていると、誰が決めたのか?」

「仕事とテレビを繰り返すだけの生活が幸せではないと、どうして断言できる?」

「都会の情報量に溺れて生きているそなたは、本当に幸せか?」

「生きていくために真に必要なものとは、街の発展度合いとは関係ないのではないか?」

 

ローカルドラゴンの駅へと続く道の真ん中で、わたしは念写カメラを取り落とし、頭を抱えて唸りました。

「発展は善、衰退は悪」と無邪気に信じていた、昨日までのわたくしは何だったのでしょう。お父様の四十三番目の娘として、都市について学ぶ任を授かった者として、常に「自治体を衰退から救い、発展へとつなげること」を意識して過ごしてきたわたくし。それが今、考え続けてきたことが根本から崩れて、一からの見直しを迫られて……。もしや、

わたくしはまだ、ニンゲンのことを何も知らない世間知らずだとでも言うの?

違う! 馬鹿にしないでよ! わたくしだって、わたくしなりに、世の中のことを少しずつ知ってきたはずなのよ!

「わたくしは……偉大なる魔王様の娘、魔央なんですもの!」

耳障りな声をかき消す勢いで、怒りに任せて天に向かって叫んだ、その瞬間。心の揺らぎを、勇者は見逃さなかったのです。

 

「……あ」

急に、心にぽっかりと穴が空いた気がして、わたくしは自分の胸元を見ました。

キラキラと白く光る『浄化の剣』が、血紅色のペンダントを貫いて、背中から胸まで突き刺さっていました。

「あ……ぁ」

消えゆく魔力を振り絞り、首だけで後ろを振り向くと、そこには煌びやかな勇者様がいたのでした。

 

かくしてわたくしは、古の賢者様と若き勇者様とが手を組んで仕込んだ罠に嵌り、この身ごと『浄化』されてしまったのです。

今や、漆黒のドレスははだけて塵となり、代わりに純白のワンピースが与えられました。わたくしは邪悪な悪魔の娘などではなく、平凡で善良な亜人の女に成り下がったのです。

魔王ヴァンデルホーンよ。かつての父よ。このマオめを、お許しください。

ドアの隙間から、わたくしを招く手があります。今夜は、勇者様に抱かれて眠ります。