184日目 SSを書こう③

 

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『欄干ランナーズ』 作・きりちに

 

そ んならどうすりゃ良かったってんだ。あァ? 無理矢理抱き寄せて、口を奪っちまえば良かったのか? そんな簡単に、コロッと堕ちてくれるもんじゃねえよ。あいつみたいな大人しい奴には、もっとこう繊細に、優しくやるしかねえ。……ダメだ、そんなのアタシには無理だ。

 

た もとを勢いよく駆け上がって、大きな橋の上を、アタシは一目散に走る。どこまでも、どこまでも遠くを目指して。もう、どんな顔してあいつと一緒にいればいいのか、分かんなくなったんだよ。肝心な時にやらかした自分が許せねぇ。

 

べ つに日和ってたわけじゃない。ただ本当に、言葉が見つかんなかっただけなんだ。今日こそゼッタイに伝えると決心して、寝る前に考えた口説き文句を頭の中で反芻しながら、あいつに会いに行った。でも、白く細い手首を握って、透き通るようなその目を見つめたら、途端に吸い込まれちまったんだ。口が渇いて、何も言えなくなって、握った手を乱暴に放り出すことしかできなくて……。そうさ、アタシは逃げたんだ。

 

す んだ瞳をわずかに揺らして、あいつは何も言えずにいた。あのときならまだ、テキトーに誤魔化せたかもしんねぇな。何か一言からかってやれば、きっとあいつは笑いやがるだろう。そうすればぜんぶナシにできたんだ。アタシが抱いた勘違いも、この悔しさも、全て無かったことに……。

 

ゆ うぐれの深いオレンジ色に包まれた橋の上で、立ち止まって両手を膝につき、肩で息をする。くそッ、くそッ。嫌だ、この気持ちが嘘だなんて思いたくねぇ。どうしようもないバカのアタシなんかと、何ヶ月もずっと一緒にいてくれたんだ。素直になれなかった日も、いつだって優しく笑いかけてくれたじゃねぇか。それなのに、何も言わずに逃げ出すなんて、何してやがんだ、アタシは。

 

け り出した足がつんのめりそうになるのも構わずに、くるりと向きを変えて必死に駆け出した。千切れんばかりに腕を振って、全速力でアスファルトを踏みしめていく。もう一度、もう一度だけでいいから、あいつと話したい。これが最後になってもいいから、今度こそは照れずに面と向かって、本当の気持ちを……。

 

だ んだん暮れていく夕日に急かされるようにして、苦しく息を吐きながら走り続けた。肺の痛みをぐっと堪えて顔を上げると、向こう側からも誰かが駆けてきている。橋の真ん中で、二人は立ち止まった。へなへなと座り込んだ彼女が、月の光のようなやわらかい微笑みを浮かべる。「わたしも、伝えたかったことが、あるの」