425日目 回転するものたち

 

望外の寒さに震えながら目を覚ました。寒さというのは喜ばしい。体が生を求めて跳ね回る感じがする。動物的感覚が研ぎ澄まされるような気すら起こる。

勤務地が遠いので、始業の一時間半前には家を出ていなければならない。ベージュのTシャツに、黒いこの……何と呼ぶんだ? まあ、重ね着を羽織って外へ出た。

自転車に乗って風を切ってみたら、あまりにも冷たい。手がカチカチに凍りそうなほど。「寒さは喜ばしい」と言ったが、これはやりすぎだ。季節のグラデーションというものをてんで分かっていない。地球は何を考えているのか。

シャツのボタンがひとつほどけていて、どうにも格好が悪かった。早くも春が恋しい。

 

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研究所を出て駅へと早歩きに向かっていたとき、前を行く男性の荷物の紐が垂れて、路傍の植木鉢に引っ掛かってしまった。ピンと紐が張って、男性がつんのめる。僕はすぐに駆け寄って、足元にしゃがんで紐を外してやった。ついでに鉢も元通りの場所に据え直した。近頃はたびたびこういうことが起こるのだ。

ひと仕事終えて顔を上げると、男性がくしゃっと笑って感謝の言葉を述べた。それは何らおかしいところのない挨拶だが、僕にとっては不意であった。咄嗟に「いえいえ」だかなんだか言って、モゴモゴと会釈してそそくさと立ち去るしかない。もちろんのごとく、目を逸らしながら。

いつもこうだ。人助けをした後はかえって惨めになる。たとえ誰かを手伝おうとも、対話を拒否したのであれば変質者に相違ないからだ。今日も今日とて、自らを卑下するネタには事欠かない。

 

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急な思いつきで繁華街をふらつき、一人でカラオケボックスに入った。初めてではないが、どうやって楽しんだものか分からない。ならば入らなければ良いのだ。

元々たった一人で熱い歌唱にのめり込めるタマでもない。マイクを持った途端に寂しくなって、女々しくもグループ通話を繋ぎながら「女々しくて」を歌った。三十分程度ですぐに喉がガラガラになった。

帰り際に慌ただしく「うまぴょい伝説」を突っ走る。上手くもないし息も続かない、無残なアンコール。サビの直前の「どきどきどき」のところで、内線が鳴った。僕の愛バはついぞ歌われることなく恥の彼方に走り去って行った。

 

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明日の朝は急がないので、悠々と過ごすこの夜。

麻雀プロリーグ「Mリーグ」のシーズンが開幕した。じっくり腰を据えて観るのは今年が初めてだ。

麻雀と聞けばどうしても、胡散臭いギャンブルのイメージが纏わりつく。もちろんそういう卓も悪くはないが、Mリーグの放映を見ればそんな印象は綺麗さっぱり消えてしまう。さながらスポーツのようなクールさと臨場感。「究極の知能格闘」と言わんばかりの迫力がある。

スリリングな戦いに身を投じるキャストたちはいずれも名優揃い。もちろん演技ではなく、素の表情でこれなのだから痺れるというものだ。地味なおっさんが悩ましく髭を撫でるのも好ましいし、女流雀士の打牌の所作にも魅せられるものがある。そして実況・解説は意外にも剽軽で面白い。

自摸ってから打牌を終えるまで、その数秒間は選手一人の独壇場だ。麻雀は四人がワッと喧嘩する競技ではなく、一人ひとりがお互いにツキと判断を披露しあう舞台。さながらメリハリのついた演劇である。フィジカルスポーツで言えば、カーリングに近しいものを感じる。その一投一投、一打一打に我々は引き込まれていく。

一半荘を見終えた後は、決まって麻雀が打ちたくなる。あれだけ嫌いになったつもりでも、やはりどこか僕を惹きつけて離さない魅力があるのだ。