483日目 白球とオムニコート

 

テニスコートに、立っていました。

懐かしいビビッドピンクのラケットを持って。

 

見知った顔からそうでない顔まで、たくさんの部員がいました。

練習試合を見ながら、おちゃらけたコールをみんなで飛ばしました。

 

けれど、怒号が飛んでくることはありません。

あの鬼教官が、優しい瞳で笑んでいます。

 

ああ、これは「if」の夢だと気づきました。

高校までテニス部を続けていたら、という青春のif。

 

けれど、夢だと気づいたのに、今日は覚めていく気配がない。

いよいよ試合だ、という段になっても、まだ引き戻されない。

 

まじないのように、予備のラケットをフェンスに立てかけました。

今日こそは夢の世界から帰るまい、という確信のまじないです。

 

いよいよコートに立って、第一打を構えました。

しかし、ラケットが重く、今の自分には存分に振るえない。

 

白球を追うのは楽しいけれど、マトモに返せない。

何より、高校までテニスを続けたアイツの球は、もはや別格だった。

 

ラケットでスカッと空を切って、笑いながら倒れ込みました。

目を瞑ると、途端に落ちて行くのが分かりました。

 

瞼を開くと、私はベッドにくるまって、じっとりと汗をかいていました。

暑くて毛布を蹴り上げて、途端の寒さにまた被り直します。

 

青春の忘れ物はあまりに多い。

未だに高校時代の夢を見ては、ほんのりと打ちひしがれます。

 

けれど、数奇なルートを通ったからこそ、得たものもあるでしょう。

暗い部屋に一人微笑んで、かけがえのない宝物に頬を擦り付けました。