テニスコートに、立っていました。
懐かしいビビッドピンクのラケットを持って。
見知った顔からそうでない顔まで、たくさんの部員がいました。
練習試合を見ながら、おちゃらけたコールをみんなで飛ばしました。
けれど、怒号が飛んでくることはありません。
あの鬼教官が、優しい瞳で笑んでいます。
ああ、これは「if」の夢だと気づきました。
高校までテニス部を続けていたら、という青春のif。
けれど、夢だと気づいたのに、今日は覚めていく気配がない。
いよいよ試合だ、という段になっても、まだ引き戻されない。
まじないのように、予備のラケットをフェンスに立てかけました。
今日こそは夢の世界から帰るまい、という確信のまじないです。
いよいよコートに立って、第一打を構えました。
しかし、ラケットが重く、今の自分には存分に振るえない。
白球を追うのは楽しいけれど、マトモに返せない。
何より、高校までテニスを続けたアイツの球は、もはや別格だった。
ラケットでスカッと空を切って、笑いながら倒れ込みました。
目を瞑ると、途端に落ちて行くのが分かりました。
瞼を開くと、私はベッドにくるまって、じっとりと汗をかいていました。
暑くて毛布を蹴り上げて、途端の寒さにまた被り直します。
青春の忘れ物はあまりに多い。
未だに高校時代の夢を見ては、ほんのりと打ちひしがれます。
けれど、数奇なルートを通ったからこそ、得たものもあるでしょう。
暗い部屋に一人微笑んで、かけがえのない宝物に頬を擦り付けました。