15日目 だから僕は、オタサーもやめた

 

昨日の日記では野球サークルの思い出と顛末を書きましたが、野球をしていたのと同じ頃、私はオタサーにも入っていました。

「入っていました」ということは、こちらも途中で脱退してしまったわけです。

 

生まれてこのかた運動や恋愛よりもゲームや文学に勤しんできた私。当然ながらエネルギッシュでなあなあな陽キャの人々とはノリが合わず、もっぱら高校の陰キャ仲間とばかりつるんできました。

そういうわけで、天下に燦燦と煌めく体育会系サークルに比べて、同族が多そうなオタサーならばうまく馴染めるかのように思われたのです。

それがどうして、一年足らずで自ら飛び出す形になってしまったのか。

 

 

そのオタサーはあらゆるジャンルのオタクを受け入れていました。アニメ、マンガ、ボカロ、コスプレ、作曲等々。音ゲーや東方など、私にも多少わかるコンテンツも当然含まれています。

新歓で先輩方と話してみると、みなさん想像通りの話しぶり。独特のクセがあって、互いの特殊さに寛容。ダラダラしていると見せかけて実は理知的で、小気味良いユーモアを飛ばしあう。

なんだか懐かしいような、落ち着くようなところのあるコミュニティでした。これから俺はいろいろなコンテンツに染め上げられて、変人だけど憎めない「先輩」になっていくんだろうなあ。

 

しかし、大きな障壁にさっそくぶち当たります。

定例会に行ってみると、あちらこちらで会員たちが楽しそうに談義しています。「あのアニメの最新話見た?」「人気シリーズの新作が出た!」「今度私たちで合同歌ってみたしようよ」……。

一方の私はというと、どこの会話にも入れないまま、端っこの机に座って黙々と音ゲーをしていました。

アニメもマンガも知らないから、何の話をしているのかわからない。

ゲームは多少するし、作曲にも興味があるけど、他の会員たちのレベルが高すぎて、どんなことを話せばいいのかわからない。

それぞれの会話に熱中している先輩方が、背中を丸めてスマホを触っている新入りに話しかけたくなるはずもなく。定例会の時間が終わるまで、私はずっと一人でいました。そして、Ether StrikeでEXを取りました。

 

とどのつまり、オタクという人種はコンテンツへの愛に溢れていて、同士と共に語り明かすだけのエネルギーを持ち合わせていたのです。

それに対して私という人間は、彼らの波長それ自体には合っていたけれど、この身を投げうってまで熱中しているようなコンテンツもなければ、新たな地平を開拓してやろうという気概も持ち合わせていなかった。

要するに、私はオタクにはなれない、ただの「陰キャ」だったのです。

 

結局、一回生の夏休みに入ったころからめっきり定例会に行くことがなくなり、そのまま代替わりの時期にぷつりといなくなってしまいました。

今の私ならば多少「推し」のコンテンツがあるので、ちょっとならオタクたちと語りあったりできるかもしれない。でも、流行りものに便乗できない時代遅れな人間だし、身内以外の人間に口角泡を飛ばせるような(いい意味での)無神経さを持っていないから、どのみち仲間づくりには難儀するに違いありません。

そして、孤立していることに耐えられるようなメンタルは、私には無いのです。

 

 

最近ひさびさに公開アカウントでツイッターを始めて、いろいろな人に仲良くしてもらっているので、たいへん楽しく感じています。

それと同時に、多くの方々が流行りのゲームや創作などのコンテンツに打ち込んでいるのを見て、彼らは語ることのある「オタク」なんだなあと羨ましくも思っています。

最も付き合いの長い同期たちも、IT系の話となれば喜び勇んで喋りまくる奴だったり、日夜ひたすら一つのコンテンツを探求し続けている奴だったりと、みんなそれぞれにオタクっぽい素敵な大学生活を送っているようです。

 

そんな中、特に語り合えるような話題を持たず、日記に書きたいことも思いつかない私は、今日もきわめて情報価値の少ないツイートを垂れ流して過ごしたのでした。

 

 

小指打った人の俳句

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