451日目 だから俺はサークルをやめた

 

大学の四年間で後悔していることは何か? と聞かれたら、先輩風を吹かせられなかったこと、と答える。正確には、どのサークルも一年と経たずに辞めてしまったこと、である。

それでは、どうしてサークルを辞めたのか? と人は問う。私は答える。リモート化の波で、どれもこれも自然解消してしまったのだ、と。

……だが、それは嘘だ。かなり昔に書いたことがあるが、野球サークルは己の無力を恥じて逃げ出し、オタサーは熱意ある会員たちの輪に入れなくてリタイアした。

 

実はもうひとつだけ、あまり人に明かすことのないサークルがある。

私がそこを辞めたのには様々な要因が絡んでいるが、最大の理由は単純明白。

男女集団の病的なもつれ合いに恐怖と失望を覚えたからである。

 

一年の頃はたびたび例会に顔を出した。

私はやると決めれば真剣にやった。目の前の議題に関して真面目に議論したし、時に諭され、相手の言葉に耳を傾けることを覚え、何よりその知的な座を楽しんだ。

たまには飲みに連れて行ってもらったこともある。2つか3つ年上の先輩の「大人」なエピソードに憧れた。いつか自分も、キザにグラスを傾けながら語り、後輩の目を輝かせたいものだと思った。

 

あるとき、ひとりの異性の先輩にお出かけへと誘われた。それはサークルの延長上にある自然な誘いであったと思う。私は二つ返事で会いに行った。

先輩は甘えたがりな気質があった。私のような初心な田舎男にとって、異性に甘えられるということは特別な事態だ。私はいささか気を良くして、予定にない長いお出かけを楽しんだ。

帰り際、またどこかへ連れて行ってくれなければ嫌だ、と手を引かれた。……今思えばあの時点で、先輩の語気には異常な強さが籠っていたと思う。

 

ほどなくして二度目の逢瀬に出向いたとき……私ははっきりと気づいた。

二回目とは思えない極端な距離の詰め方。淑やかと見せかけて過大な要求。後退りを許さぬ無言の圧。

怖い。異常だ。この人はおかしい……! 

何やかんやと理由をつけて、無理矢理約束を取り付けられる前に、さっさと別れてそそくさと一人で帰って来た。冷や汗が止まらなかった。人を見る目がなく、浮かれていた自分を恥じた。

 

以来、私は一切サークルに顔を出さなかった。引きこもったその月日は八か月に及ぶ。

これだけ姿を消していれば、いずれ飽きてくれるだろう……。そう楽観視しながら、いつしか自分も先輩のことを忘れていった。

 

その矢先に起きた出来事を、俺は書きたくない。

 

結論から言えば、先輩は絵に書いたようなヤンデレだった。良かれと思って潜伏していた何ヵ月もの間、あの女はムクムクと誇大妄想を膨らませ、二人は特別な関係にあるのだと思い込みを激しくしていたのだ。……そうでなければ、俺があんな怖い目に遭わされた理由が分からない。

 

その日以来、俺は人間関係に、とりわけ「異性らしい仕草を見せてくる異性」に対するPTSDに陥った。既に兆しが見えていた引きこもり的傾向が、決定的なものになった。幸いなことにあの女は拒絶を受け入れて、二度と俺の目の前に姿を現すことはなかった——だが、その置き土産は大きく重かった。

もちろん、サークルに再び顔を出そうなんてことは微塵も考えなかった。サークルどころか、その活動内容自体が嫌だ。こんなアクティビティに精を出している奴なんて、どいつもこいつも病んでいるに違いない。本気でそう思った。憎々しいあの女は、俺から大切な趣味をも奪って行った。

俺が今でもメンヘラキャラを嫌っているのは、このときの苦い経験が頭の奥にこびりついているからだ。頼むから、誰かに依存したけりゃ、もっと強い男に飼われてくれ。

 

さて、話はここで終わらない。

すっかり肩を落としてニート同然の生活を送っていたある日、別の先輩(同性)から飲みに誘われた。全く気乗りはしなかったが、もしかしたらサークルの状況が改善された等の報告かもしれない、と無理に前を向いて会いに行った。

ところが、その先輩が明かした内情はショッキングなものだった。

 

やれあの子があいつを気に入っているだ、この子とその子はメンヘラでどいつを取り合っているだ、云々かんぬん……。

真剣に活動していたのは俺だけだった。俺が知らなかっただけで、裏ではそんなやり取りが行われていたらしい。と、少なくとも先輩は思っていて、なおかつそれを自然なことだと思っていた。

「サークルは男と女のもつれ合いだ」と彼は言う。しまいには「今度、あの子とこの子(=あのメンヘラ女)を誘って出かけないか? 大丈夫だって。きっと向こうも気に入るよ」などと。

 

絶望した。落胆した。

大学生の集まりとは結局、男女の絡み合いでしかないというのか。

 

「また来月飲もう!」と陽気に手を振る先輩を背に、俺はその場でラインをブロックした。もう二度とこんな男と、こんな気持ち悪い集団とは関わらない。絶対に。

 

 

 

 

 

 

今、私が所属している研究室には、何人か異性の先輩がいる。だが、私は彼女らと良好な関係を築いている。恐怖することなどない。

どうしてそんなことができるのか? それは、心の中でこう割り切ったからだ。

一、この歳にもなると、性格の良好な人にはほぼ確実に恋人がいる。だから、私は完全に範疇外の「ただの後輩」として扱ってもらえる。

二、仮に私の見えないところで何らかの駆け引きが起きていたとしても……私には関係ない。もう金輪際、急な異性の登場に浮かれはすまいと、心に誓ったのだから。

 

まあ、そういうわけで最近ようやく対人恐怖が癒えてきたところだ。特に、鼻から色恋のことなど考えていない人となら非常にウマが合う。無論、草食系が集うタイムラインの皆さんとは、性別に関わらず仲良くやらせていただいているところである。

たまに同期通話などで恋愛の話になったときに「や。俺は今のところ恋愛とか興味ないかな」と言うと「またまたぁ~」と揶揄われることがある。だが、俺は照れ隠しでそう誤魔化しているのではないのだ。少なくとも今のところは本心から言っているのだと、ここで宣言しておきたい。

ちなみに俺はド陰キャなので、異性から惚れられたのは後にも先にもこの(見る目のないメンヘラ女の)一度きりだ。つまり、俺のやる気が無いのなら、今後向こうからやってくる人も当然いないのだから、独身で生涯を終える可能性はそこそこ高いかな。なんて言って笑っている。やっぱ二次元こそ至高よ。エアグルーヴパイセンにケツしばかれたいです。