954日目 年不相応な我らは

 

大河ドラマ「光る君へ」。ここ何話か、まひろ(後の紫式部)と道長がお互いを強く求めあうシーンがたびたび出てきます。

全国のお茶の間は気まずいでしょうが、一人暮らしで飯を食いながら見入っている分にはとても美しく、心が燃えるようなシーンです。最近の私はいろいろ見聞きしたり知人の慶事を覗いたりして「愛ってなんて素敵なんだ」と悦に入っているので、吉高由里子柄本佑、大人の魅力あふれる二人の俳優が熱烈に抱き合う姿に、一種の納得感を覚えます。脈々と続く人間の歴史の根源的なナニカ。

……え? まひろは現時点で17歳? 17歳!?

ちょっと、話が変わってきたな。

 

式にお呼ばれして馳せ参じたとき、披露宴会場には新郎新婦の数多の友人、つまり20歳中ほどから後半くらいの男女たちがたむろしていました。私と同じくらいの歳のはずですが、どういうわけだか誰も彼もが大人っぽい。特に女の子の垢抜け感はすごいもので、一回り上のお姉さんかと畏まってしまうほどです。

一方、喧騒から離れてトイレの鏡に映った私はというと、いかにも「高校生の延長」らしい、ハードボイルドとはかけ離れた立ち姿。いえ、いつも見慣れている私自身とは寸分も違わず、これが世の23歳のスタンダードだと思っていたんですが、なんだかとってもガキっぽく見えて、俺は「はは~ん」と思いました。

大人になるためには徒に年齢を積むだけでなく、あるべき葛藤や駆け引きを乗り越える必要があるんですね。つまり、恋愛(片想いと失恋)の経験です。

キャンパスに行ってみますと当然ながら年下の女の子がいるわけですが、下だからといって妹のように見えるわけでは全然なくて、一種の近寄りがたさというか、はっきり言って俺よりも相当オトナで怖いような気すらします。でもそんなのは当たり前のことで、一般的な慣例や興味に則って生きてきた大学卒業間際の男女なら、間違いなく恋人が居たり別れたりまた居たりしたことがあったし、ヤることヤってるはずなんです。男子は根っこがガキのままだから分かりにくいものの、女子は如実に脱皮していく。

そんな一丁前の若人たる後輩だのなんだの立場に立ってみれば、俺はどんなに未熟な先輩に見えているでしょうね。駆け引きも、歩道橋の上での抱擁もしたことがなく、ただ毎日タイムラインに流れてくる仮初のケモ耳にニヤニヤしながら生きてきましたからね。もはや今更気にすることでもなく、覆す気も無いのでこんなに気楽に書けますが、おお、生粋の陰キャ二十代諸君! 我らはなんと、艶のないことだろう。

 

ということで、次のきりちにっき企画は「歩道橋の上で抱擁してみよう」にしたいと思います。