570日目 【書評】『老人と海』を味わう

 

 ヘミングウェイの最高傑作とも称される『老人と海』。海に見放され不漁続きで哀れまれている老人が、久々にかかった巨大な獲物と死闘を演じるさまを描いた小説です。

 

 読んでみてまず何がすごいって、本当に死闘なんですよ。小舟の老人と海中のメカジキが三日三晩引っ張り合い、少し休んで様子を窺い合ったかと思いきや、またもや強く引き合う。これが作中のほとんど、何十ページにも渡って繰り広げられるんです。体感だと9割がこのパートに費やされています。

 魚を釣るまでの駆け引き、ただそれだけでこんなにも表現を膨らませられるのは並大抵のことではありません。時には屈強な老人の心情を呟かせ、時には肉体の傷を描写し、また時には広い海原の表貌を活写しながら。この圧倒的な技術に最も感服させられましたね。

 

 それから、老人の疲弊に合わせて文の組み合わせが少しずつ混濁していくのも面白い。

 巨魚との駆け引きの冷静な描写が行われている最中に、突然漁村の少年のことを思い起こす。そしてすぐまた我に返り「集中しろ、すっきりしろ」と自分を奮い立たせる。

 こうした支離滅裂にも見える段落構成が、却って三日三晩の死闘の疲労を思い起こさせ、特異な設定の小説でありながら一体となって読ませてくれる。狙ったものかは分かりませんが、非常に良くできていると思いました。

 

 老いてなお腕っぷしの力強い老人が挑む、プライドを懸けた釣行。そして、遠く離れた村へ戻るまでのさらなる戦い。

 忙しいタイミングで読んだのですが、エンディングでしっかり温かい気持ちになることができました。短めの名作小説なので、興味を持たれた方はぜひ。