528日目 慣れない善行

 

券売機の前で国籍不詳の男性がおろおろしていた。文字が読めず、音声の聞き取りにも苦労しているらしい。しきりに画面に顔を近づけて、困った顔をしている。

その様子をちらと見ながら、私は一旦通り過ぎた。……通り過ぎたが、徐々に罪悪感が湧き出てくる。この辺りは留学生の多い地域だ。手助けできるならすべきではないか。……逡巡の上、くるりと不自然に引き返し、来た道を戻った。

男性の斜め後ろに立って、声をかける。「エクスキュズミ?」……だが、他人に話しかけ慣れないせいか、蚊の鳴くような声が口から漏れただけだった。当然のように彼の耳には届かない。

落ち着いてよくよく覗き込むと、彼は普通に日本人の顔立ちをしていた。それどころか、ちょうど無事に切符を買い終えたところであった。

私は曖昧な笑顔を浮かべて、誰にも気づかれぬままそそくさと駅を後にする。困っている人を一度スルーしようとしたのもダサいし、結局助けを求められていなかったのだからもっとダサい。二重の恥ずかしさに挟まれて私は消えたかった。風に吹かれるようにしてふらふらとキャンパスへ向かう。

慣れない善行をするものではない。