562日目 【書評】『戦争とは何だろうか』を読む

 

 ロシアとウクライナの戦争が始まってからもうすぐ一年近くが経とうとしています。国際社会に大きな影響力を持ついわゆる超大国のひとつであり、だからこそ逆に横暴なことはしにくいと見做されていたロシア。それが徐に侵略戦争を始めて、しかもどちらかというとロシアの負け戦になっているというのですから、ウクライナ戦争は世界のバランスが変わる潮目であるとして大きな衝撃を与えました。私の知り合いにはこれをテーマに研究をやっている学生がいるくらいです。

 かく言う私も、Twitterしか見ていないせいで世間のニュースに疎くはありますが、軍事の問題については少なからぬ興味があります。「ついに大国が大手を振って戦争を行う時代に回帰してしまった。やがてはあの国やこの国も少しずつ軍事行動を解禁し始めるであろうし、このグローバル化の時代においては島国日本も無縁のパラダイスではいられない」。折しも経済不振が直撃する昨今ですから、もう日本はダメなのではないか、混迷を極める戦争情勢に巻き込まれるのではないかという不安が頭をもたげてきます。

 しかしですね、闇雲に不安がっていてもしょうがない。知らないまま恐れているより、まずは素人なりに「戦争」を理解することが大事な気がしますよね。そこで今日は、西谷修氏の新書『戦争とは何だろうか』を読んでみることにしました。

 政治学の本であり、サイエンスではなくイデオロギーの枠組みですから、本書にはたびたび著者の思想や主張が垣間見えます。それは勘案しなければなりませんが、本書は基本的に「近現代の戦争の歴史を辿る」というスタンスであり、そこはあくまで事実に基づく記録になっていますから、あまり穿った見方をしようとせず素直に読むことに致しましょう。

 

 

「戦争」を単なる人間集団間の争いではなく、主権を持つ国家同士の争いであると規定しましょう。主権国家体制の確立の端緒となったのは、17世紀半ばのウェストファリアで開かれた講和会議でした。それまでのヨーロッパでは、宗教同士の争いを名目としてさまざまな属性や規模の集団が権益拡大のために乱戦していましたが、なんかもうごちゃごちゃになっちゃったので一旦落ち着こうや、今度からは主権を持つ「国」という単位でお互いに承認し合って平和的にやろうや、という話になったようです(曲解)。これによって、国と国が互いに抑止し合ってバランスを保つという、今の国際社会に繋がる秩序体系が構築されました。

 初期の「主権」とはすなわち王侯士族でしたが、やれフランス革命だ、やれメディアの普及だということが起こっていき、二十世紀の初頭には「我々は国民というひとつの共同体であり、国家の主権である」という意識が完成します。すなわち、国家同士の戦争という行為も換言すれば国民同士の戦争になるということです。

 二十世紀は科学の世紀です。産業の発展に伴って兵器の技術も飛躍的に発展していき、戦争はかつてよりも遥かに大規模な攻撃の応酬が行われる「総力戦」の様相を呈するようになりました。第一次大戦、第二次大戦と二度の世界大戦が勃発し、二回目ではかの核兵器が投下され、世界を震撼させます。地球上のあらゆる国が大量破壊兵器を持っている今、一国が下手にその腕を振り挙げればたちまち信用を失ってしまうであろうし、もれなく敵陣営からの激甚な反撃に遭うことは避けられません。こうして、二次大戦以降の国際社会は「ガチの戦争はやめとこや」という方向にシフトしました。

 大国同士の直接的な大戦争は無くなりましたが、それで世界がひとつにまとまったというわけではありません。アメリカ率いる資本主義陣営とロシア率いる社会主義陣営は互いに睨め付けあう冷戦の構図に陥り、世界各地の植民地の独立やイスラーム国家の萌芽にかこつけて代理戦争が勃発しました。ベトナム戦争湾岸戦争ではアメリカが安全圏から攻撃を行い、現地の非戦闘員を含む住民たちは殺戮に脅かされていました。

 冷戦が終わって二十一世紀に入った今、戦争は国家対国家の対等な争いではなく、国家と非国家の非対称なものになってきています(本書の初版は2016年)。イスラーム過激派による9.11のテロを契機に、アメリカのブッシュ大統領対テロ戦争を宣言しました。敵は秩序社会の一員たる国家ではなく無秩序なテロリストであり、安全保障のために問答無用で排除すべきものであるとして、中東に対する熾烈な攻撃を正当化しています。終章で著者は、今や戦争は主権を持った国家間で国際法の下に行われるものではなく「殺して良い人間」を一方的に規定しての残酷な殺戮になってしまっていると指摘し、それを率いているアメリカへの批判を滲ませると共に、別口ではありますが安保法制に関する自民政権の態度を左派の立場から痛烈に批判しています。

 

 ふい~、疲れた。まあ大体こういうことが書かれた本でした。かなり端折りましたが、近現代の戦争の歴史を大まかにまとめるとこんな感じになる、と。

 あくまで新書らしく、平易で読みやすい評論でしたね。私のような素人でも理解できましたし、いくつかのワードに関してはWikipediaで調べてみようかなという意欲も湧きました。ひとつの知識を得て、さらに知識を欲する。良い経験をさせてくれる一冊だと思います。