1218日目 俺だけの、お前だけのロードアウト。

 

まさか自分の性癖というかこだわりみたいなものにここまで的確に寄り添ってくれる概念があるとはね。

「ロードアウト」。これです。

 

CoDにおけるロードアウトとは:

武器・装備・携行品等の好きな組み合わせを保存したセット。試合時にワンボタンで呼び出すことができる。

 

初めてロードアウトの概念に接したとき、心の底から快哉を叫びました。何がそんなに気に入ったのかって? 一度作成したロードアウトには、一切の無駄な持ち物や余計な選択肢もなければ、勝手に忖度して変更を加えられるようなこともない。完全に固定的で選りすぐりな「俺のこだわり一式」だけを手元にキープできるという、ミニマリズム的で完璧主義的な発想を清々しく思ったのです。

何も、ゲームに限った話ではありません。特に、いつでも机をきれいに片付けていて、最もよく使う一線級のアプリだけをタスクバーに並べているタイプの人ならきっと共感してくれるでしょう。我々には「必要最小限」を希求する心がある。あらゆる所持物の種類と数とを豊かさとするのではなく、「俺はこれとこれだけを使うんだ」と厳選したこだわりを持つ。さながら剣士が腰に差した一級品の刀のように、いつでも不変の一品を以て外部に応答し、またそれを同じ鞘に戻すことの繰り返しを尊ぶ。我々が好むこのような生き方を上手く突いたのが、もしかすると「ロードアウト」という言葉なのかもしれない。

 

ゲームの話に戻ります。

CoDを通算160時間ほど遊んできました。一言にシューティングゲームと言っても、その時々に適した装備は試合のルールや相手の出方によってさまざまに変化しますが、経験を重ねていけばやがてはわずか数パターンの最適解に絞られることが分かってきます。

俺は用途をじっくり考えて携行品を吟味し、厳選したロードアウトを4つ作りました。

・チームデスマッチ用

……索敵に特化した装備を積んで、常に先制攻撃で優位に立つ。

・陣取りルール用

……獲得ポイントが大幅に増加するスキルを重ねて、ボーナスアイテムの大量投入で主導権を握る。

・極小マップ用

……爆発物耐性装備を積み、同時に爆発物をばら撒けるよう多数所持し、狭い空間での物量戦に押し勝つ。

・スモーク対策用

……煙幕を焚く相手に特化したロードアウト。煙幕専用スコープで敵の戦法の上を行く。

以上4つのロードアウトが、最もシンプルかつ全ての局面に対応できる「俺流」。たまに試用で武器を入れ替えてみる以外で、変に中身を弄ることはありません。磨き上げた四本の名刀だけが並ぶメニュー画面に惚れ惚れします。こういうこだわりを満たしてくれるミニマムなゲームが好きなんです。

 

無闇にごちゃごちゃとした選択肢を増やさないというプレイスタイルは、他のどんなゲームをしているときも一貫しています。

一例として、コマンドRPG。最近プレイしているメタファー:リファンタジオには「職業」に近い概念があるのですが、敵モンスターとの相性関係でかなりハッキリと明暗が分かれるように設計されていて、新しいダンジョンに潜るたびに異なる職業に切り替えることを明示的に推奨されます。職業が変われば戦術が変わるので、確かにバトルの奥深さは増すかもしれない。しかし、各キャラクターは「いろいろなスキルを中途半端に会得したまま放置した」状態にとどめ置かれる。これが俺にとってはすごくむず痒い……。

同じメーカーのコマンドRPGでも、世界樹の迷宮シリーズは「一芸一本」な育成ができて清々しかったな、と思い出します。システム上は転職もできるが、相性を見て優柔不断に切り替えなければならないようなバランスではありませんでした。世界樹はスキル単体の純粋な強弱よりも、5人分の多種多様なスキルを組み合わせることによる強力なシナジーで難敵を穿つゲームデザイン。我流の戦術を先鋭まで磨き上げれば、忍者は忍者一本で、踊り子なら生涯現役の踊り子で樹海の深淵まで到達できる(はず)。ゆえに、我がうちの子たちこそが至高のボウケンシャー! ハゲるときは一蓮托生! と覚悟のガンギマったプレイができるのが気持ちよかった。

 

常に整然としているミニマムなゲームとは真逆で、ちょっと進めるたびに大量の情報と選択肢がばら撒かれるマキシマムなゲームというのもあります。Cyberpunk 2077では、ひとつ拠点をうろついて殲滅するだけで文字通りのジャンクの山がバックパックに詰め込まれる。玉石混交のそれらを売りに走って、えーっと、俺のお気に入りの武器を間違えて捨てないように……と指差し確認する作業は、シンプルを好む俺にとっては苦痛でたまらない。ゲームプレイそのものの楽しさとは無関係に「美しくないなあ……」と疲労を覚えてしまう、そういうゲームに出会うたび、翻ってあのゲームのロードアウトシステムはなんと快感だったか! と思いを巡らせることになるのです。

 

最後にリアルの話に戻ろう。俺は日常生活においてもロードアウトを大切にしています。それはルーティンにも近い、心の安寧を導く祈りのようなもの。

イヤホンは、SONYとJabraの完全ワイヤレス二台持ち。片方が仕事をする間に、もう片方は充電をして、互いの背中を守る戦士のように日々活躍する。

銀行口座は、日々の支払い(デビット)用と月々の光熱費(クレジット)用と貯金用の3つで用途を完全に分けている。基本的に例外はない。資産全体の管理を複雑にするような他のアプリ(PayPayなど)は極力使わない。

箸は今日、細くて滑り止めつきで気が利いているやつを色違いで3膳買ってきた。先代の箸は今夜のうちにお払い箱です。それがロードアウトを絞るということだから。

 

けれどもひとつ例外があって、それは服です。服は毎日同じでは味気ない。「いつも同じシャツだ……」と思われて、体裁に関わる恐れもある。だから選択肢は比較的幅広めに持っています(自分的には)。

しかし、実際その日の服装を考える朝の時間には、このホワイトのジャケットなら黒スキニーが定番のセットで……と、思い返せばこだわりの組み合わせを軸に考えているかもしれない。そう考えればやはり、俺は俺だけのロードアウト的思考を持って生きているんだ。

そして、お前だけのロードアウトを大事にしている人も、きっと少なくないはずです。

 

起床8:30

就寝25:00