人生初サウナです。外出の折にたまたま「聖地」と呼ばれるような有名なサウナの近くに来たので、どんなもんかチャレンジしてみようと思います。「至る」とは何なのか、身をもって確かめねば!
まずはシャワーで身を清め、いつも通り湯船に浸かるところから。あれ? なんだかぬるいような気がする。これじゃ肩まで浸かってもな、あんまり温まらないな、と思いつつ早めに上がって、それではいよいよサウナに行ってみましょう。重たい扉をドキドキしながら引きます。
ギィ………
え??
グリル???
蒸すというより焦がすような熱室、扉を開けてすぐ正面の雛壇に、暗い部屋に浮かび上がるようにして大小さまざまなおっさんたちが照り焼かれています。思わずゴクリと息を呑む、悪夢の仏教画のごとき光景。
勇気を出して一歩踏み入れます。開けた扉から一歩また一歩と離れるにつれて「生」の涼感が遠のき、代わりに燃え盛るような「死」の匂いがじりじりと立ち込めてきます。少しオーガニックな「死」。意を決して雛壇に上り、自分もおっさんの一人になって腰掛けると、向かいには入ってきた扉を左右で挟むようにして、巨大なガチの炉の中で大量の灰色の石がパチパチと赤い焔を噴き出していました。
ギィ……と扉が閉まります。ヤバい。本能的な恐怖。焦燥。まるで、オーブンに入れられて、外から鍵をかけられたかのような……あるいは、何というべきか、効率よく人間を焼き殺す装置。歴史に名を残さない一匹のヒトとして、今にも処分されようとしているような……。とにかくリラックスどころではない。おっさんたちが観念したかのように目を瞑っている中、まだ生を諦めきれない俺だけが、目をガン開きにして「死ぬ死ぬ死ぬ」と心の中で呪文を唱えている。……ガバッと俺は立ち上がり、誰よりも後に入ったのに誰よりも早く、雛壇を転がり下りて一旦外へ逃げ出しました。
はあ、はあ、すごい世界を見た。と息を吐きながら、そういえばと水風呂に足を運びます。確か、サウナの後に水風呂に浸かることで「至る」ことができるんだったよな。まずは左足から……いや冷ったっ!! え?え?「冷たさを感じないぐらい気持ちいい」んじゃないのか? もしかして、足りないのか?「至る」ためには、もっと命をかけて長い時間、グリル地獄の中で「死ぬもんか」と歯を食いしばり続けなければならないのか……?
リベンジです。1分と保たず出てしまうようでは、サウナ体験にはカウントできない。5分。5分、死地にて耐えてみようではないか。
覚悟を決めて、再び重い扉を引きます。中から噴き出す熱を孕んだ重たい空気。「こっちにおいで……こっちにおいで……」と闇の中から伸びてくる手の幻覚。しかし、地獄の罠と分かっていても俺は行く。至るために。脱出するために、俺は突入する。行くぞ!!
バタン、と扉が閉まり、再び密室となる死の焼却炉。赤々と燃えるコークス。前面の全面から放たれる肌を焦がすほどの熱に、雛壇の座面もチリチリと焼け、そこに辛うじて敷かれたタオルの上に尻をつけて、俺は唸り始めた。赤いデジタル時計。今から5分、5分のあいだ焼け死ななければ俺の勝ちだ。
体温を下げるために身体が汗を噴き出し始める。顔に胸に腹に脚に、無数の汗粒が雫となってぼたぼた垂れる。薄く呼吸をする口に、塩辛い汗が額を伝って流れてくる。時計を睨みつける。まだ1分しか経っていない。残りたったの4分が永遠のように長い。真面目な話、ふと脱力して熱に身を任せてしまったら、そのまま脳が煮えて二度と帰ってこられない気がする。リラックスとは程遠い、過去になく彫りの深い顔立ちをして、俺はじっと手を組んで足を震わせている。よっぽど逃げ出したい。心の弱さを自覚する。今すぐにでも雛壇を降りて、目の前の扉から外へ脱出したい。けれども近くて遠いサウナの扉。今にも処分される? いや、敢えてギリギリの苦熱で、地獄のもがきを長時間味わせ、嘲笑いながら俺を殺そうとしている。まだ、2分! 助けてくれ! 誰か!
そのとき、不意に扉が開いた。
「すいませーん、失礼しまーす」
清掃員の若者がせかせかと入ってきて、タオルの入れ替えをしようと、扉を開いたまま固定にした。……外だ。外の世界だ。外の世界と繋がっている! 俺はまだ生きられる!
緊張がわずかにほぐれ、時計がスムーズに回り出す。3分。4分。そして、待ちに待った5分! 時刻が切り替わるや否や、俺は胸を張って立ち上がった。俺の勝ちだ! 何人たりとも、俺を歴史から抹消することはできない。
ガタガタと段を降りて浴場へ出ると、目の前にでかでかと用意された水風呂が、先ほどと打って変わって救いの泉のように映る。俺は迷わず水風呂に駆け寄った。命の水だ! ザブ、ザブと膝から入って、腰まで冷水に浸かったところで、
あッッッッッ!! 心臓……止まるッッッ……!
……ぶはぁ!! あ、危ない危ない……! 肩まで浸かるのはやめだ、もう上がろう……。
このあと、トンカツ定食と生ビールで死亡説になって帰りました。
(追記)
帰りました、のつもりが、マッサージチェアで気絶して眠っていました。
うたた寝からはっと目覚めて、そこが馴染んだ自宅ではなく異国の地だったときの隔世の感よ。
のそのそとジャケットに着替えて精算を済ませて、外へ出ます。
人っこ一人いない入り組んだ住宅街。
河川敷。
風俗街。
group_inouの知らんアルバム、マジで変な曲だらけだな。