「負け組の星」と呼ばれた、かよわい少女はもういない。
ハルウララはレース場を離れ、スタジアムに活路を見出していた。
阪神タイガースの本拠地・甲子園球場は、内野グラウンドが天然の土に覆われている。程よく荒れた黒色の庭が、ウララの脚質にはぴったり合っているのだ。
期待の新人としてURAから移籍してきたウララは、入団するやいなや糸原健斗からセカンドのポジションを奪った。
彼女の武器はなんといってもその驚くべき瞬発力である。本塁から一塁までの到達タイムは、球界に並み居るどんな男たちよりも飛び抜けて短い。ひとたび塁に出れば最後、あっという間に二塁を、三塁を、そして本塁までをも陥れてしまう。
打撃については、バ鹿力こそあるものの、バットコントロールは優れていない。だが、当たりさえすれば良いのである。転がしさえすれば、彼女はその脚力で点をもぎ取れるのだ。彼女を手懐けるためには、フライを打ち上げさせるか、三振を取るしかない。そのため相手投手は、剛速球を投じて全身全霊で勝負せざるを得ないのだった。
不器用なウララは、守備に課題がある。守備範囲はきわめて広いが、捕球・送球が手荒く、判断ミスも多い。しかし、タイガースの内野に名手はいないから、ウララのフィールディングでもスタメンとして十分なのだった。
来る開幕戦、3月25日。対戦相手は、前年度日本一のヤクルトスワローズ。
「1番、セカンド、ハルウララ」
万雷の拍手の中、ピンク髪の美少女がバッターボックスへと歩いて行く。入団当初の彼女に向けられていた好奇の目も、今や期待の歓声に変わった。球場全体に観客の興奮が満ち満ちている。
一体となった「ウララ」コールを浴びながら、彼女は今にも泣きそうであった。
なぜなら、ここは甲子園球場ではないからである。
高校球児のセンバツ大会が開かれる春の間は、タイガースは甲子園球場を使うことができない。そのため、開幕戦は近隣にある京セラドームで行われるのだ。
京セラの内野は人工のターフに覆われており、ベース間には慣れない硬土が敷き詰められている。ウララにとっては、自分の居場所でないも同然である。1回オモテの守備でセカンドに打球が飛ばなかったのは、ラッキーだったとしか言いようがない。
左のバッターボックスに立ち、ぎこちなくバットを構えて、ウララは肩を震わせた。チームのみんな、ごめんね。ファンのみんなも、ごめんね……。
それでも彼女は、俯かない。諦めずに最後までやり抜けば、きっとゴールが見えてくるのだから。キングちゃんが、そう言ってたんだから。
一身に応援を浴びた彼女は、桜の花びらが浮かぶ美しい瞳で、ピッチャーを見つめる。そして、力の漲った声で、威勢良く啖呵を切った。
「ウマ娘、ぷりてぃだ~び~!!」
1 ハルウララ[二]
投ゴ 三振(途中交代)
エラー5 自責点4