ちょっと! サトテル! またど真ん中を見逃して、それじゃ打てないじゃありませんの!
ありえないわね。ありえない。こんなチームの雰囲気では、優勝なんて夢のまた夢。見てのとおりですわ。
んもう、ユタカが怪我をしていなければこんなことには……。誰か、代わりに4番を打てる選手はいませんの!? いっそ、私が打席に立ちたいくらいですわ!
なんてことを言ったりもしましたけれど……。
「なんで、私が阪神に!?」
満員の甲子園で迎えた、対広島カープ6回戦。緊張感のある投手戦が終盤まで続き、阪神タイガースは1点差を覆せないまま9回ウラの攻撃に臨んでいた。
先頭で出塁した中野を、ベテランの糸井がきっちり送って、1アウト3塁。ヒットなら同点、ホームランならサヨナラの場面だ。ここで打順はちょうど4番に回ってきた。若き強打者、サトテルの出番とあって、場内は大いに盛り上がっている。
だが……。ネクスト・バッターズ・サークルに、サトテルの姿はなかった。
代わりにバットを振っていたのは、およそ野球選手には見えない、小柄でかわいらしい芦毛の美少女だった。
『4番・バッター、佐藤に代わりまして。ピンチヒッター、マックイーン』
黄色と黒に染まった外野席が、途端にどよめく。マックイーン? そんな助っ人外国人いたっけ? サトテルに任せてやれよ、矢野! ……誰もが顔を見合わせ、不審そうに首を傾げている。そして観客たちは一斉に、バッターボックスを凝らし見た。
稀代の長距離ウマ娘、メジロマックイーンは、緊張に脇を湿らせながら打席に立っていた。
「ただの紅茶飲み話をしていたはずが、どうしてこんなことに……」
ウマ娘初のプロ野球選手として活躍しているハルウララから連絡が届いたのは、つい昨日の夜だった。
曰く、阪神球団はさらなるウマ娘を求めていると。強靭な打撃力を持っていてかつ、アイドル性も兼ね備えた選手が欲しいと。
「トレセン学園でいちばん野球がうまいのは、マックイーンちゃんだと思ったの!」
メジロ家といえば、日本で知らぬ者はいない名門の一族。圧倒的なカリスマで一世を風靡したマックイーンに、球界から白羽の矢が立ったのだ。
『ストライーク!!』
観客のざわめきに、だんだんと興奮の度合いが増してきた。マックイーンって、あの天皇賞ウマ娘の!? メジロのご令嬢じゃないか!! ヤバ、すごい試合を見に来ちゃった!! ……黄色い歓声が渦を巻いて、アルプススタンドは嵐が来たかのように唸り声をあげる。
今や、人々は誰もがグラウンドの一点を見つめていた。
「かっとばせー!! マッ・ク・イン!!」
「ホームランホームラン!! マッ・ク・イン!!」
大阪じゅうの野球ファンたちが、テレビを通し、ラジオを通して、ひとりのウマ娘に声援を送る。美しきウマ耳の少女が、圧倒的最下位に沈むチームの逆転劇をもたらしてくれると夢見て。
『ストライーク、ツー!!』
無情にもあっという間に追い込まれて、マックイーンは冷や汗をかいていた。手のひらが滑って、今にもバットを取り落としそうなほど。
だって……だって、確かに野球は大好きですけれど、私は「見る専」ですのよ!? ライアンに誘われて草野球をしたことはありますが、決して上手くはありませんでしたのに!
ユタカと同じ舞台に立てると聞いて、二つ返事でOKしてしまいましたが、まさかこんなにプレッシャーを感じるとは……。助けて、ユタカ……!
と、そのとき。
「マックイーンちゃん!」
「!? ウララさん!」
「あのねあのね! 勝ったら、にんじんプリンでお祝いしようねっ!」
「……ええ。ええ! 生クリームも忘れないでくださいまし!!」
そうですわ、私にはウララさんがついていますわ。憧れの阪神タイガースの仲間たちが、私のホームランを望んでいるのですわ!
悩みなさい。悩みなさい。いくらでも。気持ちを全面に出してね。胸を張って、顔を上げて、この一球を絶対に仕留めてみせます!
いくべきよ!!
「ばっちこいですわ!!」
4 打 マックイーン
空三振