71日目 沁み込む冬のエモーション

 

あひゃひゃひゃ!! 外が寒い!!

急遽訪れた冬の気配に、興奮しない人間などいやしません。お気に入りのウォーターグリーンのパーカーを引っ張り出して、パッツパツの黒いスキニーをいそいそと履きます。勢いよく大通りへ飛び出して、冷たい風を切るようにダッシュで橋を渡り、青信号がチカチカまたたく横断歩道を一気に駆け抜けます。

 

スッ……(立ち止まる)

 

夏のエモさが「手に届かない」エモさであるのに対して、冬のそれは「身に沁みた」エモさであるように思います。

 

夏と聞いて思い浮かべるものは、例えば仲間たちとみんなでふざけ合ったビーチや、浴衣の少女と歩いた夏祭り。あるいは、アイスをしゃぶりながら駄弁った炎天下の軒先。

存在しない、手に届かない「ひと夏の思い出」がきゅうきゅうと胸を締め付けて、たまらなく切ない。

 

一方、冬の冷たい空気が想い起こさせる情景は、あれもこれも実感を伴うものばかり。

長い長い橋の上を全力ペダルでかっ飛ばした、ドラムレッスン帰りの夜。街角の儚いイルミネーションを見送った、静かなバスの車窓。何十分も歩き続けて、一人で聴いた除夜の鐘。

他にも他にも、ありとあらゆる過去の時間が、しんと静まり返った凍夜の空気を吸うたびに鮮明にフラッシュバックします。

 

もしかしたら、夏に付随するイメージが「昼」「夕暮れ」や「人との繋がり」であるのに対して、冬のイメージが「夜」と「孤独」であることが関係しているかもしれません。私と似た行動原理で生きている人ならば、きっと同じように冬のエモさを身に沁みたものとして感じているでしょう。

 

あの人もこの人も、訪れる冬の実感に打ち震えながら、互いに交わることなく夜を深めていきます。