27日目 読みたくない詩集もありて/とぼとぼ歩く

 

😴フゴゴ……

 

😮パチ

 

やべ~寝てた。発泡酒ちょっと舐めただけで病める少女みたいにスヤスヤ寝てたわ。

今から日記書くわね。

 

うちの本棚にはいろいろな詩集が並んでいます。なんかカッコイイね(ウソ、中二病から脱してないキザ学生みたいだね)。

しかしこの中に、私が熟読したものは一冊としてない。それどころか、棚に飾ったきり開いてすらいない本もちらほらあります。

積ん読するタイプではないのに、どういうわけか。

 

〈※ちょっと個人情報を書いちゃってたので大幅に削除しました〉

〈要約すると、かつては文芸を頑張っていたのでさまざまなご縁に恵まれたけど、いまは飽きてしまったという話。本棚に並ぶ詩集は知人から贈られたものだけれど、読もうとしても身が入らない〉

 

今は「いつか再び創作したくなるかもしれない」という一縷の望みを持って、ご縁を切ったりはせずなあなあにして生きているところです。

なんかこの件に限らず、進路のこととかも含めて、ぜ~んぶ周囲の人々の期待を裏切ってのうのうと過ごしているなあ。申し訳ないという思いと、どうか非礼を許してくれという願い。

 

考えたらモヤモヤしすぎてモヤになった。

「人間だらだら生きてなんぼ」とか言ってるフォロワーもいたし、ここはひとつ追い発泡酒でもして、眠れる森の美女リターンズでもやるか。

寝れねえだろうな~……

 

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モヤ

 

 

追記:

これ書いたらしんどくなったので、逃げるみたいにコンビニに行ってきた。

深夜の街並み特有の孤独感を楽しむつもりが、普通に交通量があったのでガッカリした。

 

中学に上がったばかりの頃、部活見学をしてきたら帰り道は真っ暗だった。たかが6時過ぎだったけど、オトナになったような気持ちでぐんぐんチャリを漕いだ。

郊外からはるばる電車で通っていたので、そのうち街なかで寄り道をしてから帰るようになった。暗い冬夜に一人で書店に入っていくときのワクワク感は忘れがたい。

高校生になると部活の大会で遠征する機会ができた。ビジホの部屋で、コンビニで買ったインスタント麺をすすりながら、深夜アニメを見る。そこにはロマンが溢れていた。

上京して、誰の目も気にすることなく好きなものを食べて朝まで起きていられるようになった。同郷の友達と徹夜通話しているうちに、カーテンの向こうがだんだん明るんでくる。一人、また一人と通話を抜けていくとき、格別の寂寥感を覚えた。

それと同じで、私にとって「深夜コンビニ」は最も退廃的ロマンに浸ることのできるアクティビティだったのだ。

 

しかし、大学生活も後半となったいま、深夜コンビニの魔力はもはや消えかけている。

夜中に活動して昼まで寝ているのが当たり前となり、街が眠っている夜半の特別感は損なわれた。夜を深めていった先には朝日が昇ってくる、という神秘に高揚を感じなくなってしまった。

少年時代を終えた私は、全ての時刻を知ってしまったのだ。子どもだったからこそ楽しむことができた「オトナ感」が、私の元を去ってしまったのだ。

 

成人してデカくなった背中に、ガキのままの頼りない心を隠して、帰り道をとぼとぼ歩く。

何やってんだろ俺、というマジレスを直視しないよう、コソコソと目を逸らしながら。